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モンベル会長 辰野 勇
たつの・いさむ 1947年大阪府生まれ。高校卒業後、登山用品店、商社を経て28歳で㈱モンベルを設立。アイガー北壁を登り、黒部川をカヤックで初下降した冒険家でもある。
「誰もやっていないことをやり続けてきました」
会長室に伺うと、辰野勇会長は「おいでおいで」とPCの前に手招きした。画面には書きかけの原稿。2024年11月の1か月間、日経新聞に連載された「私の履歴書」を加筆して一冊にまとめるのだという。
――創業以来のモンベルの歴史を振り返ると、どのような50年といえますか?
辰野さん(以下辰野):ひとことでいえば、誰もやっていないことをやり続けてきた50年です。僕自身の人生からして、アイガー北壁を登るとか、黒部川をカヤックで初下降するとか、グランドキャニオンを流れるコロラド川を日本人として初漕破するとか、誰もやっていないことばかりをやり続けてきました。
どうして僕はフロンティアを求め続けるのか?それは、競争を避けたかったからなんです。もっと掘り下げると負けたくないんですよ。負けないためには争わなければいいじゃないですか。事業も同じです。ダクロン(R)を採用したスリーピングバッグを皮切りに画期的な新製品の開発・販売を続け、直営店の出店に踏み切り、モンベルクラブを作るなど、誰もやっていないことに挑戦し続けてきました。
事業での失敗は創業以来ひとつもない
――その過程で躓いたことはありませんか?
辰野:じつは失敗はひとつもないんですよ。
――ひとつも……?
辰野:「失敗」としてしまえば話はそこで終わってしまうじゃないですか。だからひとつもないんです。もちろん「不都合」なことはありました。問題はあるけれどもそれをクリアするために継続して努力するから不都合。諦めない限り失敗ではなく不都合なんです。
――ではどんな不都合があったのか教えてください。
辰野:そんなの山のようにあって覚えていませんよ(笑)。後ろを振り返る暇もないし、前だけを見て歩いてきました。
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創立5年で作った「第2次5ヶ年計画」。最後のページには、「人生に対して肯定的であれ」とある。
「目指すのは、仕事が楽しい“世界で一番幸せな会社”」
――創業50年を迎える今年、さらに50年後のモンベルをどのようにイメージされていますか?
辰野:僕は創業したときに、30年後もモンベルが存在するとしたらどのような姿になっているのか想像しました。30年後、ほぼそれが実現しました。いや、売上規模でいえば、想像以上の会社になっていました。その創立30周年を祝う記念式典で、僕は社員に次のように話しました。
「もし30年後もモンベルが存在するとしたら、条件は2つある。ひとつは、事業として採算が取れていること。もうひとつは、モンベルという会社が社会にとって必要とされ続けていることだ」。
社会にとって必要とされるとは、モンベルの製品を買っていただいたお客様が喜んでくれたり、「モンベルがあってよかったな」といってもらえたりすることです。ただし、社会に認めてもらうために何かをやるわけではありません。
我々がやっていること、やろうと思っていることを社会が認めてくれるかどうかです。そういった考えは、50周年のこのタイミングでも変わっていません。採算が取れていて、社会から必要とされていれば、50年後もモンベルは存在し続けているでしょう。
社員は皆好き勝手に遊んでいる
――会長は、「世界一幸せな会社」を目指すともいわれていますよね。
辰野:他社に勝つとか、売上を何千億円にするとかを目指したことはありません。僕は何でも登山にたとえて考える癖があるのですが……。登山の本質は、頂上に立つことではなく、登るという行為そのものにあります。
事業も同じで、高い頂に立つことができなくても、継続すること自体に意味があると思うんです。ではモンベルのあるべき事業とはどんなものか?お客様に喜ばれているかどうかが最も重要で、それに加えて、働いてる我々自身がモチベーションを落とさずにずっと楽しみながら仕事ができるかどうかも大切だと思います。
だから、これから先どんな会社にしたいかとモンベルの未来を問われたときには、「世界一幸せな会社」と答えるようになりました。
――創立30周年のときにはなかった言葉です。
辰野:あのときとは社会も会社も変化してきました。当時はある意味当たり前のことだと思っていたので語らなかったんです。我々は、自分たちが好きなことをやり、欲しいものを作ってきました。大前提としてモンベルでは仕事は楽しいものなんです。僕自身、世界で一番幸せだと思っています。
僕は、10代のころから山に関連した仕事をやりたいと思っていました。だから、実際に山を生業にできていること自体で、ある意味目的を達成しているわけです。好きなことを仕事にさせてもらっておいて、これ以上何を望むんだと。
――モンベルの社員の皆さんも、元気で楽しそうに見えます。「世界一幸せな会社」と感じているのではないでしょうか。
辰野:本当はどう思っているかまでは知りませんよ、聞いてまわってみてください(笑)。まあでも皆好き勝手に遊んでいるから、幸せに感じているんじゃないかな。
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横笛を自作する。水道管の塩ビパイプに電動ドリルで穴を開ければ完成。会長室からはよく横笛の音色が聞こえてくるという。
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横笛を始めたのは1996年。テレビ番組で中国・成都を訪れた際、ジャズ奏者の渡辺貞夫さんに教わったのが最初だという。
今年の目玉商品は…
ストームクルーザージャケットMen’s
¥22,000
1982年の発売以来、軽量雨具の大定番"ストクル"。10世代目は、生地素材にスーパードライテックを使用してモデルチェンジ!
50周年記念グッズ
50th アルパインサーモボトル 0.5L
¥4,900
本誌付録のブランケットとおそろいの50周年モンタベアロゴ。そのロゴをアルパインサーモボトルにプリント。
50th WIC.T モンタベア
¥3,300
50周年モンタベアロゴをフロントにプリントしたウイックロン®(ポリエステル)のTシャツ。同デザインのロンTも販売。
モンベル50年の軌跡をご紹介
1975年
大阪市に会社設立。
1976年
米国デュポン社のダクロン®ホロフィル®を採用してスリーピングバッグを開発。
防水性・耐久性に優れたハイパロンレインギアを製品化。
1979年
「月明かりの下でも素早く設営できる」をコンセプトに吊り下げ式のムーンライトテント開発。
1982年
ゴアテックス®を採用した全天候型のジャケット&パンツ、「ストームクルーザー」を発売開始。
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モンベルのレインウェアのフラッグシップモデルであり続けている。
1986年
会員組織「モンベルクラブ」発足。
1991年
大阪駅構内のショッピングモールに直営第1号店をオープン。
1993年
高性能ダウン・スリーピングバッグ「ダウンハガー」シリーズを発表。
1995年
「アウトドア義援隊」を組織して、阪神・淡路大震災被災地での救援活動を行なう。
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阪神・淡路大震災で「アウトドア義援隊」を結成。提供されたテント。
1999年
超軽量の山岳用テント、「ステラリッジテント」を発表。
2002年
海外第1号のモンベル直営店が米国コロラド州ボルダー市にオープン。
2005年
独創的なチャレンジに対して計画段階からのサポートを行なう、「モンベル・チャレンジ・アワード」創設。
2008年
鳥取県・大山の中腹に初のフィールド店舗、「モンベルクラブ 大山店」オープン。
2009年
鳥取県・皆生大山で、カヤック・自転車・登山で海と山をつなぐ日本初の大会「SEA TO SUMMIT」を開催。
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大山山頂、2009年第1回「SEA TO SUMMIT」のゴール。
2012年
世界最軽量の防水ウェア、「バーサライト®ジャケット・パンツ」を発表。
2013年
全国のフレンドエリアで作られた食材などを扱う「フレンドマーケット」がオープン。
2014年
第一次産業の現場を応援する、「フィールドウェア」シリーズ誕生。
山岳雑誌『岳人』の出版事業を中日新聞より引き継ぐ。
2016年
三重県とアウトドアを基軸にした包括連携協定を締結。以後、現在までに150以上の自治体等と協定を締結。
2021年
モンベルクラブの会員数が100万人を突破。
2025年
創業50周年を迎える。
※構成/鍋田吉郎 撮影/安田健示(フォトレイド)
(BE-PAL 2025年2月号より)