
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第10回をお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その9]
歴史ある運河沿いのレイルからスタート
この連載の2回目で、今回歩くポトマックヘリテージトレイルは、ワシントンDCを起点に3つのトレイルで構成されているという話をしました。①C&O CANAL TOWPATH(C&O運河トレイル)②GREAT ALLGHENY PASSAGE(GAPルート)③LAUREL HIGHLAND HIKING TRAIL(LHHTトレイル)の3つです。
3つのトレイルのうち、どこから歩き始めてもいいのですが、僕は日本からもアクセスしやすいC&O運河トレイルからスタートすることにしました。また、このC&O運河トレイルにもいくつかトレイルヘッド(起点)があるのですが、やはり分かりやすい場所からスタートすることにしました。それが、ワシントンDCのロック川とポトマック川の合流地点にある自転車ルートのスタート地点、マイル0ポストです。

C&O運河トレイルのスタート地点であるゼロマイルポスト。
ここまで何度か「C&O運河」と書いてきましたが、これは「チェサピーク・アンド・オハイオ運河」のことです。この運河は、1831年から1924年まで、ワシントンD.C.とメリーランド州カンバーランドの間のポトマック川沿いに運航されていました。
もともとポトマック川の急流を避けるためにつくられたポトマック運河があったのですが、それに代わる運河として、C&O運河が引き船方式で運行されました。水量が少ない時期にも安定的に荷物を運ぶことができたそうです。
引き船道のある運河建設が始まったのが1828 年で、完成したのは 1850 年。ただ、その時点で運河が地形的につくれないために鉄道を引いたボルチモア・アンド・オハイオ鉄道(B&O 鉄道)がすでに運河の目的地であるカンバーランドまで開通し、数年が経っていました。
残念ながら、運河は速度や輸送力の点で鉄道に太刀打ちできません。運河を主に利用していたのは、木材、小麦、特に石炭などのばら積みの貨物だけでした。それでも 1924 年の大洪水で修復不能なほど破壊されるまで利用され続けたそうです。C&O運河の輸送の歴史的な足跡は、国立公園局 (NPS)が水の維持で苦労したメリーランド州セニカからワシントンDCのジョージタウンまでの区間で見ることが出来るそうです。
第二次世界大戦後、米国陸軍工兵隊はポトマック川に14のダムを建設する計画を提案します。この計画により、運河の大部分、引き船道、沿線の歴史的建造物を含む川の渓谷の広大な地域がダムの中に沈むことになります。そこで最高裁判所判事ウィリアム・O・ダグラス判事は、運河と引き船道を国立公園の財産として捉え、修復して誰もが楽しめるものにしました。
ワシントン・ポスト紙は、引き船道沿いに公園道路を建設することを推奨しました。最終的には、1971 年にリチャード・ニクソン大統領が署名した法律により、C&O運河周辺は国立歴史公園に指定され、引き船道はトレイルとして利用されることになったのでした。
チェサピーク・アンド・オハイオ運河国立歴史公園は、アレゲニー山脈の炭田とチェサピーク湾上流の都市市場を結ぶかつての活発な交通路の歴史を保護した国立公園管轄の公園となっています。

チェサピーク・アンド・オハイオ運河国立歴史公園。

かつての運河の名残が感じられるC&O運河トレイル。
ポトマック川の河岸に、今も昔ながらの町並みが残るジョージタウンがあります。もともとジョージタウンは 、1696年にヨーロッパ人によって建設されました。海岸の平野と山地との境にできる瀑布線(ばくふせん)に位置していたことから、ジョージタウンは外洋航路の船舶がポトマック川を遡上できる最上地点の港町として栄えました。
そんな中、C&O運河建設が1828年に始まります。西インド諸島から運ばれたタバコ、砂糖、糖蜜、ヨーロッパからの塩などの商品が、C&O運河からチェサピーク・オハイオ運河へ、そしてアメリカ大陸内陸部へと輸送されたそうです。まさに、C&O運河の歴史とともにあるのが、ジョージタウンなのです。
ただ、だからこそ(?)その繁栄も長くは続かず、先述したC&O運河の歴史的変遷と衰退によって景気が悪化し、市内には低所得者のスラムが増えたそうです。しかし、皮肉にもスラム街だったことで開発が進まず、昔からの美しい町並みが残りました。そして、1930年ごろからジョージタウンに政府要人などが住み始め、現在では高級住宅地化、観光地化しています。

今回はジョージタウンのルートではなく、ポトマック川からのスタートでした。ここで合流します。
さて、C&O運河トレイルのスタート地点であるゼロマイルポストまで、宿泊していたワシントン インターナショナル スチューデント センターから、約3.2km、徒歩で1時間あまりの距離です。パッキングを済ませ、朝食を食べてから出発しました。
早朝でしたがランニングや散歩で汗を流す人を多く見かけます。宿泊していたワシントン インターナショナル スチューデント センターからの道のりは下り坂。ウォーミングアップにはちょうど良い距離です。歴史ある建物を眺めながらゆっくりと下っていきました。
そして、川沿いに着き、カヌー置き場の裏手に進むと、公園の奥の一番人目につかない場所に0マイルポイントがありました。端っこに追いやられたような、人が来ることのなさそうな寂しげな0マイルポイントが、今回の僕のスタート地点です。ここから、ポトマックヘリテージトレイルの合計約500kmの道のりを行くことになります。
その0マイルポイントにしばらくたたずんだ後、僕はゆっくりとポトマックヘリテージトレイル、C&O運河トレイルを歩き始めたのでした。

意外にも寂しい場所にあるC&O運河トレイルのゼロマイルポストにて。
