
スノーボード(ハーフパイプ)の試合を観戦するため、会場まで自宅から"走る"ハメになり……。プロスキーヤー三浦豪太氏が綴る連載企画。パワフルなアウトドアライフをご紹介。
三浦豪太の朝メシ前 第5回 走る筋肉とスキーの筋肉
プロスキーヤー、冒険家 三浦豪太 (みうらごうた)
1969年神奈川県鎌倉市生まれ。祖父に三浦敬三、父に三浦雄一郎を持つ。父とともに最年少(11歳)でキリマンジャロを登頂。さまざまな海外遠征に同行し現在も続く。モーグルスキー選手として活躍し長野五輪13位、ワールドカップ5位入賞など日本モーグル界を牽引。医学博士の顔も持つ。
ひどい筋肉痛に見舞われた理由
さて、肝心のハーフパイプ競技(さっぽろばんけいスキー場でのスノーボードの『ハーフパイプ全日本選手権』のこと)であるが、実は今になってはあまり覚えていない。たしかにその後、北京五輪で金メダリストとなる平野歩夢選手やこれから有望なスキーハーフパイプ選手を見たのだが、その前後のランニングで記憶が全部飛んでしまったようだ。
なんせ、観戦したあとから盤渓峠を越えて円山公園駅(札幌市営地下鉄東西線)まで走った。距離に換算すると7キロ程度だが走り慣れていない僕の足は悲鳴をあげていた。タンナカ君(反中祐介さん)とS氏(某スポーツショップの自称プレオニア)という〝朝メシ前クラブ(BBF)のメンバー〟は、そのままススキノにある居酒屋まで走って飲もうといっていたのだが、僕はたまらず、
「お願いです、地下鉄で行きませんか!」と頼み込んでしまった。
そもそも論であるが、走る際に使う筋肉と、スキーで使う筋肉とではまったくといっていいほど性質が違う。
まずは走る筋肉について解説する。「歩くこと」と「走ること」で比較をするとわかりやすい。歩くときは、交互に足が地面に着きながらも、重心はほとんど上下しないまま移動する。対して走るときは、自重を推進するために足は地面を蹴り、体重が地面から一度離れる。その後、前に出た足で着地するが衝撃はその分歩くときよりも格段に大きく、それをつま先、足首、ひざ、股関節で受け止めることになる。
実際に、僕が大学の運動生理学の研究室で重力板を使った実験をしたところ、歩くときは衝撃の増減は10〜15%だったのに比べて、ジョギングでは体重の1.5倍〜2倍の衝撃を受けた。
ならば、スキーで使う筋肉はどうか。スキーはターンをするときに、自重の2倍〜3倍の体重が足にかかる。強い力ではあるが、ターンはショートターンでも1秒ほど時間の余裕があり、ゆっくりとその重力を受け止めることができる。対して、ランニングはコンマ1秒にも満たない時間で、体重を小さなクッションで受け止め、さらにそれに反発して推進力を生み出す。
衝撃の公式はF(力)=m(重さ)v(スピード)/Δt(時間)、すなわち分母の時間が短くなると、それだけ衝撃が大きくなるということだ。
一見、長距離を走るランナーは持久力が求められると思われがちであるが、実際は〝衝撃吸収+反発〟という瞬発運動の連続である。対してスキーはむしろウェイトリフトのように重いものを持ち上げるイメージだ。同じ部位の筋肉を使っても内部ではまったく違うタイプの筋肉を動員しているのである。
その違いは後日に現われた──衝撃の連続で、僕の筋肉は壊れひどい筋肉痛となってしまったのだ。しかし筋肉は痛めつけたら回復する「超回復」というものがある。これからはもっと強くなるはずだ! と大学で学んだ運動生理学の知識を明日の糧にして、リベンジを誓うのであった。
ゲレンデとBCの違い
先のハーフパイプ全日本選手権が終わり、スキーシーズンも終わりに近づいてきた。5月中旬、日に日に暖かくなり、白かった雪も砂利や土に塗れて、町から雪が消えていく。その光景を見ると職業的な義務感から解放されてホッとする気持ちがあるいっぽう、好きなスキーができなくなるという寂しさと焦りといった感情も芽生える。
僕はこうした気持ちにひと区切りつけるため、BBFメンバー、タンナカ君とS氏に声をかけて早朝、まだ雪が残る手稲山を目指した。
スキーにはバックカントリースキー(BC)という分野がある。リフトを使わず、自分の足で山を登り、自分だけのラインを山に刻む自然の中のスキーである。
手稲山はスキー場であるがゆえ(サッポロテイネスキー場といい、三浦雄一郎&スノードルフィンスキースクール札幌がある)、完全にバックカントリーという分野に属するかというと疑問ではあるが、スキー場自体がこの時期営業終了したなか、自分の足で歩いて登るのでバックカントリースキーである。
バックカントリースキーと普通のスキーの一番の違いは安全面だ。スキー場はコースが安全に設計されていて、道に迷うこともほぼない。いっぽう、バックカントリースキーはこうした管理下のない場所に行くため、雪崩や立ち木との衝突、沢に入り込むなど自然の危険を相手にする。コースは選び放題であるが、その安全も自身の裁量で決めることになる。
これはスポーツと登山の違いにも置き換えられる。8000mを超える世界の14座を無酸素で登った超人、ラインホルト・メスナーは、彼の母国のフランスから「青年スポーツ功労賞」を授与されたが、本人は「登山はスポーツではない」といってその受賞を拒否した。
そこまで頑なにならなくてもいいではないかと思うが、その気持ちもわかる。スポーツと登山は似て非なるもの。スポーツの目的は安全な環境でのびのびと力を発揮して競い、運動によってストレスを発散することだ。
だが登山は、環境によっては、簡単に自分の身を危険に晒す状況になるため、冷静さがどの状況でも求められる。
そしてそれはスポーツと登山に相対するときの姿勢(心構え)に現われる。スポーツは安全な環境で全力を尽くすことが求められるが、登山では継続して全力を尽くしてしまうこと自体に危険が伴う。
8000mを超える高所登山は酸素が少ないゆえ、一瞬でも全力で体力を使うと酸欠になる。この酸欠は半端ではなく、目の前が真っ暗になるほどだ。そこをさらに越えると、高山病となり命に関わることにも陥りかねない。また体力的な限界の近くで活動を続けると、自然が発する危険な兆候やサインを見逃すことにもつながる。
こうしたことが身に染みているためか、僕はスキーや重い荷物を背負って山を登るときに自分の体の負担に合わせたペースを作る癖がついている。
得意分野を担当
さて、「BBF」はそれぞれの得意分野を持ち寄って楽しむ会と話したが、今回はスキーの回で僕がそのリーダーである。先頭に立ち、自分のペースでゆっくりと山を登ることができる。プロのトレイルランナー・タンナカ君とそれに準ずる体力を持つS氏を従え、「登山というのはな、ゆっくりと景色を楽しみながら登るのがいいのだ」と偉そうにいうこともできる。(次号に続く)
バックカントリースキーことはじめ
朝メシ前クラブにとって、初のバックカントリースキーへ。奥からタンナカ君、S氏、そして僕。スキーを背負って登るもまた一興だ。
スキーは職業、かつ趣味、生きがいだ。雪と対話しながら滑るのがとにかく楽しい(撮影/藤巻 剛)。
景色を眺めながらゆっくりと登るのが登山の魅力である、を信条に。写真はエベレスト。父・雄一郎が80歳で登頂したときの記録だ。
(BE-PAL 2025年3月号より)