世田谷区の「騎兵山」の名前からわかる土地の近代史【プロハイカー斉藤正史のTOKYO山頂ガイド File.129】
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    2025.03.09

    世田谷区の「騎兵山」の名前からわかる土地の近代史【プロハイカー斉藤正史のTOKYO山頂ガイド File.129】

    世田谷区の「騎兵山」の名前からわかる土地の近代史【プロハイカー斉藤正史のTOKYO山頂ガイド File.129】
    東京23区内、特に山手線の内側はビル街や飲食店街、住宅街ばかり。そう思っている人が多いかもしれません。でも、目を凝らせば東京都心にも「山」はあります。そんな東京の山の世界を、日本で唯一のプロハイカーである斉藤正史さんが案内します。

    FILE.129は、世田谷区の騎兵山です。

    第129座目騎兵山

    今回の登山口は、東急田園都市線池尻大橋駅です

    東急電鉄田園都市線池尻大橋駅北口登山口。

    いよいよ当連載「TOKYO山頂ガイド」も世田谷区に突入します。今回の登山口(最寄り駅)は、東急電鉄田園都市線池尻大橋駅北口です。

    あれ?とお気づきになる読者の方もいるかもしれません。そうです、池尻大橋駅は、FILE.61の目黒富士目黒元富士)でも利用した登山口になります。実は池尻大橋駅は区境にあり、駅から西に行くと世田谷区、渋谷方向に行くと目黒区になります。目黒富士への山行以来、ひさびさに池尻大橋駅を再訪し、「ただいま」とつぶやきたくなる気分です。冷静に考えたら、山以外の目的で訪れたことのない街なのですが。

    「移転した富士山」こと目黒元富士を求めて【プロハイカー斉藤正史のTOKYO山頂ガイド File.61】

    池尻大橋駅は、かつて玉川線時代に世田谷区池尻町に「玉電池尻」、目黒区上目黒に「大橋」、それぞれの電停があったそうです。新たに田園都市線ができる時、このほぼ中間地点に駅が誕生したことから「池尻大橋」とされたそうです。なので「池尻大橋」という地名や橋はないそうです。どうりで「池尻大橋」で検索しても地名の情報が出てこないわけですね。

    ※玉川線:渋谷駅と二子玉川園駅(現二子玉川駅)を結んでいた、東京急行電鉄(東急)の鉄道路線(軌道路線)。玉川電鉄とも呼ばれていました。

    この連載の熱心な読者であれば、察した方もいるかもしれません。冒頭から駅や地名に関するうんちくを記したということは、書くことがあまりない=住宅街中心の山行ということです。声を大にしていうことでもありませんが、歩く前から不安しかありません。

    大通りを避け、自然豊かな緑道へ

    池尻大橋駅から、首都高速3号渋谷線を見上げつつ渋谷方向に歩いていくと、すぐに開けた歩道が見えてきます。目黒川緑道と書いてあります。入り口はまるで公園のような雰囲気です。この周辺は、いわゆる246とその上の高速道路があり、しかもビル群に囲まれているので、日差しの入らない道が続いています。

    でも、目黒川緑道は、光が十分入る、低めの建物に囲まれた道です。導かれるように、自然と足が向いていきます。しかも、今回目指す「騎兵山」は、まさにこの目黒川緑道の近くにある山なのです。

    こんな大都会に小川が!な目黒川緑道横の「せせらぎ」。

    緑道の脇には、堰が流れています。この堰は「せせらぎ」と呼ばれているそうです。緑道と並行して流れていて、鯉や鳥などもいます。周辺にはよく手入れの行き届いた花壇などもあり、ここが都会であることを一瞬忘れそうになります。この緑道を進むと、せせらぎに橋がかけられ、東邦大学医療センター 大橋病院の入り口がありました。緑道にアクセスできる病院、素敵だなと思いつつ、先へ進んでいきます。

    せせらぎのすぐ脇にある東邦大学医療センター 大橋病院。

    しばらく目黒川緑道を進むと、東仲橋が見えてきました。緑道が道路と初めて交錯するポイントです。

    この橋を渡ると分岐になっていましたが、道なりにグングン登っていきます。すると、閉ざされた門があり、「世田谷区立池尻見晴らし広場」「通り抜けできません」と、テプラが貼ってあります。きっと何かあると思い、門を開けて登っていきました。

    一見すると通れなさそうな門ですが、「扉は閉めてください」とあるので、開けても問題なさそうです。

    門を開けて階段を登り切ると、開けた場所に出ました。その広場のど真ん中に碑が鎮座していました。

    日露戦争で当時世界最強と言われていたロシアのコサック騎兵を破り、「日本騎兵の父」といわれる秋山好古(あきやまよしふる)。彼が大隊長を務めていた騎兵第1連隊があったのが、騎兵山と呼ばれるこの一帯だったそうです。石碑は、日清・日露戦争の戦没者の慰霊碑で、日清戦争時の戦死者名を刻んでいるそうです。碑の裏面には、建立者として秋山好古の名前が記されていました。

    騎兵第一連隊址。

    高台の石碑と駐輪場の案内板

    この碑を中心に広場がありますが、山の痕跡は見つけられませんでした。ただ、さまざまな情報から、この一帯が騎兵山であることは明確でした。

    しかし、何か他にも山の存在を記すものがないのかと思い、同じ高台にあるマンションの反対側に向かうことにしました。一旦、先ほどの分岐まで戻り、今度は東仲橋を右手に登っていきます。

    マンションを挟んで騎兵第一連隊址の広場の反対側に出ます。途中、マンションの敷地付近に「馬神」が祀られているのを見つけました。碑の下には、多くの蹄も供えられています。

    実は、戦争で失われたのは人間の命だけではありません。当時日清戦争・日露戦争では、騎兵隊として3万頭以上の軍用馬も亡くなったそうです。少しだけ手を合わせてから先に進みました。

    蹄が供養されている「馬神」。

    その馬神を越えて、マンションの合間の道を進んでいくと、駐輪場の手前に植え込みがありました。その植え込みの中にスチール製の案内板があります。なんと、それが騎兵山遺跡の案内板でした。きっと垣根が伸びている季節に来ていたら見つけられなかったかもしれません。そしてこの看板には間違いなく騎兵山があったことが記されていました。

    一見すると、ただの駐輪場ですが…。

    駐輪場にひっそりと設置された、騎兵山遺跡の案内板。

    この一帯には、いくつもの遺跡が点在しています。この騎兵山にもその痕跡があり、騎兵山遺跡と呼ばれているそうです。そう考えると、古来からこの世田谷の地は、人が住むのに適していた場所だったのかもしれません。

    そもそも明治中ごろから、丸ノ内のオフィス街化に伴って、大山街道(現・国道 246 号)沿いの青山・渋谷・目黒方面に軍事施設が移されました。世田谷の東部地域(現在の代沢・池尻・三宿・太子堂・下馬等)にも、1891年(明治24年)の騎兵第 1大隊が移ったのを手始めに、さまざまな軍事施設が移転されました。完全に住宅地と化している今の街並みからは想像がつきませんが、一時期は軍隊の町とでもいうべき景観となったそうです。

    今回は、思いがけず世田谷区の住宅街の変遷、そして東京の近代史を学ぶ山行となりました。

    次回は、世田谷区の根津山です。

     ※今回紹介したルートを登った(歩いた)様子は、動画でもご覧いただけます。

    私が書きました!
    プロハイカー
    斉藤正史
    2012年より日本で唯一のプロハイカーとして活動。トレイルカルチャー普及のため、海外のトレイルを歩き、アウトドア媒体を中心に寄稿する傍ら、地元山形にトレイルのコースを作る活動「山形ロングトレイル(YLT)」を行なう。スルーハイク(単年で一気にルートを歩く方法)にこだわり、スルーハイクしたトレイルだけで22.000km(地球半周以上)を超える。最新情報はブログを。

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