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日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)の金子浩久が乗ってみてわかった良かった点、気になった点をリポートします。
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なぜポーランド生まれなのか?
新しく登場した「アベンジャー」は、「ジープ」ブランドのコンパクトEV(電気自動車)です。ジープと聞くと、「ラングラー」などの昔からのヘビーデューティ志向のオフロード4輪駆動車を思い浮かべてしまいますが、アベンジャーと共通しているのは「ジープ」というブランドだけです。
そのジープも現在はステランティスという欧米にまたがる巨大グループに所属していて、従来からのラングラーなどもアメリカで製造し続けながら、時代に対応するためにアベンジャーのような新しいクルマも送り出してきています。
そうした背景を持っているので、アベンジャーはステランティス内の他ブランドともプラットフォームを共用して製造されています。日本でも2024年に発表された「フィアット600e(セイチェントイー)」や2025年に発表予定の「アルファロメオ ジュニア」などがアベンジャーとのいわば“兄弟車”に相当しています。
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フィアット 600e。
アベンジャーは600eとともにポーランドのティヒ工場で造られています。ここには1970年代からフィアットが生産を始めた歴史があります。
アベンジャーに4WDモデルはあるのか?
アベンジャーや600eなどは最高出力156PS、最大トルク270Nmのモーターで前輪を駆動します。4輪駆動ではありません。モーターや駆動方式、54kWhのリチウムイオン電池の総電力量なども共通しています。
アベンジャーの航続可能距離は486km(WLTCモード)で、日本での価格は580万円(税込)。
ボディの全長は4105ミリと短く、それに対して全幅は1775ミリあるので堂々として見えます。
アベンジャーのフロントグリルにはジープ伝統の「7スロット」と呼ばれる7つの孔が穿たれていますが、エンジン車のようにこの部分から大量の空気を取り入れてラジエーターを冷却する必要がないので、これはダミーです。
機能のために形造られた造形が定型化され、それがブランドを訴求するためのものへと次第に役割が少しづつ変わっていったのです。その必要のないEVでは出自を示すものだけになっています。
運転席は広くて快適、収納も多い
アベンジャーは大きなサイズのクルマではありませんが、運転席の狭さを感じないのは、全幅が余裕を生んでいるように思えました。
センターコンソールにふたつ、助手席前のダッシュボードの横長の棚など、物入れが豊富なのは便利で助かります。
ボタン式のシフトスイッチは600eと同じ。正面のメーターパネルは600eよりも大きく、映し出される情報量も多い。運転支援機能を使う場合に、機能の働きぶりを知ることで違いが出てきます。使わない人にはあまり関係ありませんが、使う人にとっては大問題です。
静かに、滑らかに加速していくのはアベンジャーに限らずEVとして当然のことです。あまり速度を上げていない低速域では軽快なハンドリングで、速度を上げて中速域に入ると動きに落ち着きが出てきます。乗り心地もしっとりしてくるのが心地よい。
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フィアット600eの運転席。
ウインカー音はR&Bっぽいぞ!
ウインカーを左右どちらかに出すと、“ズンッドッ、ズンッドッ”という作動音が面白い。リズムアンドブルースやロックのビートみたい。他の種類の音楽が選べたりしたら、もっと面白い。すぐに飽きて慣れてしまうのかもしれないけれども、意外と定着するかもしれません。
EVはパワートレインがエンジンからモーターに置き換わるだけでなく、こうしたガジェット的なものの取り扱われ方にも何か変化を引き起こすような気もします。
走行モードがSPORT、NORMAL、ECO、SAND、MUD、SNOWと6つも選べることでも、ジープらしさを出そうとしています。モーターの出力特性を変化させるだけのシンプルなもので、SPORTとNORMALとECOの3つだけ試しました。違いは認められましたが、穏やかなものでした(フィアット600eの走行モードはSPORT、NORMAL、ECOの3つだけです)。
でも、SAND(砂)とMUD(泥)とSNOW(雪)とオフロードモードを3種類も設定しているのは、ジープファン、オフロードドライビング好きの気持ちを優しく酌んでくれていて、うれしくなってしまいます。
何から何まで「ラングラー」とは違っていて、そこが新鮮なアベンジャーではありますが、だからこそ、せめて走行モード機能ぐらいは「ジープらしさ」を醸し出そうとしているところがニクいではありませんか?
フィアット600eとの違いは?
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フィアット 600e。
プラットフォームをはじめとする多くを共用しているフィアット600eと乗り較べることができました。JAIA(日本自動車輸入組合)主催の各社合同試乗会で、600eに乗った後すぐにアベンジャーに乗ることができたのです。
両車の違いは、ほとんどありませんでした。同じモーターとバッテリーを使っていることによって加速感は共通しています。静かに滑らかに加速していくので、違いは余計にわかりにくいです。
違いがあると感じたのは、路面の段差を乗り越えた時のショックの吸収のされ方です。600eが強めに反発してくるのに対して、アベンジャーはそれが弱い。軽快なハンドリングは600eのチャームポイントですが、一緒にピョコピョコとした落ち着きの無さも付いてきてしまう。
タイヤサイズが違って、ボディや内装も違うので重量も違ってきますから、走りが違うのは当然です。そう考えると、600eとアベンジャーの走りっぷりは“違う”のです。とはいえ、出自が同じものを、“同じようには見えない”ように造るのですから、自ずとそこには限界も現れてきます。
かえって、ルックスやブランドは違うのに、走りっぷりが瓜二つに感じられるようにしても面白いかと思います。エンジン車ではないのですから、小さな差異にこだわるよりも、大きな共通点でくくる方が楽しく乗れるのかもしれませんね。その点でも、クルマは変わろうとしています。
金子浩久の結論:偉大なブランドが生んだコンパクトで乗りやすいEV
それにしても、ジープって偉大なブランドですよね。クルマに関心のない人でも、どんなクルマなのかみんなイメージできています。
SUVという言葉と概念が生まれる前の頃、今から30年ぐらい前には、「トヨタのジープ」や「日産のジープ」という言い方をする人が少なくありませんでした。正しい車種名はトヨタ ランドクルーザーであり、日産サファリなのですが、“ジープのようなオフロード4輪駆動車”として、ジープという呼び名がジャンルを代表して一人歩きしていたのです。
ジープ=オフロード4輪駆動車。
他社のクルマであっても“ジープ”と呼ばさせてしまう無限大の信頼感とは、現代からは想像もできません。アノ手コノ手を使ってブランドロイヤリティとやらの底上げを目指しているのが、クルマに限らない現代のビジネスなのですから。
日本人にとってジープというクルマは、終戦直後から馴染み深いものでした。進駐軍のジープを「ギブミーチョコレート」と追い掛けた頃から、ジープからクルマの持つ潜在的な力と可能性を授かってきていました。
その時から80年経って、コンパクトで乗りやすいEVのジープが現れたのも、何か時代の大きな変化を象徴しているのではないでしょうか?