
虫活(昆虫採集)にいい季節とは

オオヒゲブトハナムグリのオス。春になると、局地的に土壌から羽化する。メスは少し遅れて羽化して、やがてオスがメスを求めて、高い空を滑空する。
毎年、私の虫活スタートは3月下旬の石垣島です。
オオヒゲブトハナムグリという甲虫を採集に行くのです。
この虫は石垣島と西表島に、かなり局所的に発生します。
年によってばらばらですが、おおよそ3月中旬から4月上旬に発生し、そのピークはわずか1週間ほど。
最大の特徴は、赤から黄緑、青、紺色と体色のバラエティに富んでること。
わずか1センチ強の大きさで、ハエくらいのスピードで、樹木の上を飛びます。
「樹冠の宝石」とも呼ばれます。
2014年の春、ポイントだけでも見てみようと、案内された場所に行きました。
林道にはたくさんのレンタカーが縦列駐車されています。
全国からこの虫を目当てに集まってきているのです。
昆虫のネット情報には誤りも多いので注意

私は現在6mの網をおもに使う。釣りのタモ網の、一番軽いものを神経質に探して、それに60センチ径の捕虫網を取り付ける。こういう林道でも飛んでいることがあるので油断はならない。
3月28日。前日までの雨が上がり、青空がまぶしい日でした。
「ここから入っていくんですよ」
案内人は赤土の急な坂を指さします。
森の中は、ウバメガシやシイノキなどで鬱蒼として暗かった。
入ってすぐのところにおじさんが長い竿をもって、上を見上げて立っていました。私も空を見上げると、小さい虫がすごい速さで飛んでいます。
「近くにヤエヤマアワブキがあるんですか?」
「……このあたりにはないと思います」
おじさんは、私がなぜそんな質問をしたのか不思議そうな顔をしました。
ネットでオオヒゲブトハナムグリの情報を検索すると、ヤエヤマアワブキの花に集まると出ていて、ポイント探しはアワブキ探しが基本とされていたのです。
これはのちに、両者に関連がないことがわかりました。
何年か前にたまたまアワブキの開花が早く、オオヒゲブトの羽化が遅くなって、時季がぴったり合ってしまい、そういう噂がネットに書き込まれたようです。
昆虫のネット情報は更新されにくいから気をつけたほうがいいですね。

森の中は鬱蒼としている。できるだけ天井の開けた場所を陣取る。年々、樹が生長して捕りづらくなっている。
何匹採れましたかと訊くと、4匹と言って見せてくれましたた。緑、青、オレンジ、赤の4匹がビンに入っています。
これがオオヒゲブトか……ため息がでます。
オオヒゲブトハナムグリの採集法

上ばかり見ていると、見逃すのが土から出てきたメスだ。これは貴重な収穫。羽化したてのメスのフェロモンがオスを引き寄せるからだ。
さて、森は鬱蒼としているが、見上げるとポケットのように青空が見える箇所があります。
慣れてくるとそういう場所は一つひとつの小部屋のようでした。それぞれの部屋にひとりずつ入って、網を振っているという塩梅です。
ちなみに網の長さは最短でも6mか。なかには10m超えの猛者もいます。
もういいポイントはなさそうだし、竿も4.5メートルと短いから絶望的ですが、まあ初陣なので、私も遠慮がちに入り口近いところに陣取りました。
空の開きは狭いですが、樹木の高さが比較的低いの幸いでした。
2回ほどネットにオオヒゲブトが入りました。しかしネットの扱い方が悪く逃げられます。
ネットに入ることは入ったので、気を取り直して、空を見ます。
入った! 網を回転させる。慎重に手を網に差し込む。甲虫の感触。緑色の金属光沢。
ああ、場所と時間さえ合えば、私でも捕れるのだ!
一挙にアドレナリンが全開。
昼飯を食べてきたおじさんが「捕れましたか?」と声をかけてきました。10匹と言ったら、えらく驚かれました。
「捕り方を変えたんです。蝶を追うように積極的に追うことにしたら、捕れました」
おじさんは別の場所を探しに去ってしまいました。

メスを活かしたままネットに入れる。おなじないのようなものと言う人もいるが、たしかにオスが頻繁に姿を見せることがある。
「一日の長は大先輩」のはずだったが…

色のヴァリエーションのなかでも、ゴールドは極めて珍しい。しかもこの個体は緑とゴールドのハイブリッド。残念ながら、その夜に蒸れて崩壊。
その翌日。
今日は朝早くから、森に入って昨日のビギナーズラックの場所を陣取ります。
子ども連れの夫婦が通る。いかにも理科系っぽいお父さんが、どうやって採るのかと質問してきたので、採集のポイントを教えます。
- 空が空けている場所を陣取る。森の中は小部屋のようになっている。
- 来るのを待つのではなく、蝶を追うように網を振る。
などを得々として伝授。
虫に関しては、一日の長は、大先輩なのであります。
しかしこの日は、飛んではいるけれど、昨日のようではありません。いかんせん風が強い。北風が強いとオオヒゲブトも速く飛ぶと案内人が言っていたのを思い出します。
なかなか採れない。かろうじて5頭だけ。
やがてくだんの一家が帰っていきます。
「どうでした?」と訊くと、30匹くらいです、って笑顔です。
昨日のおじさんの気分がよくわかりました。
なんでも一家のお父さんはカミキリ屋で、甲虫は慣れているそうです。メスを何頭が採集したので、それを活かしたまま網に入れてフェロモンでオスを呼び集める作戦をとったようです。
私が石垣島に通うことになったきっかけ

2014年、初めて挑戦したときの2日間の成果。
2014年春の体験が、毎年の石垣通いをさせるきっかでした。
しかし当たり年ハズレ年というのがあります。
石垣往復うん万円も使って、成果がゼロの年も2回ありました。
2014年ほど多くのオオヒゲブトが飛んだ年はありません。
たいていは、石垣滞在中はひたすら青空を見て過ごすことになります。
青空を見ていて、視界の端にちょっとでも違和感を感じたら、竿を振ります。
それが数分に一回のときもあるし、1時間に一回のときもあります。
ですからオオヒゲブトハナムグリの採集は、顔だけ日焼けサロン状態になります。

いかに収穫が難しいかわかるでしょ。まあ、年々目が悪くなるし、運動神経もないしで、これくらいしか捕れません。

宮川 勉
中山道のリアル: エッセイのある水彩画集
5年かけてちんたらと中山道を歩き通しました。中山道というのは、東京の日本橋から京都の三条大橋までをつなぐ旧街道です。東海道は有名ですが、中山道はその山道版とでもいうロングトレイルで、信州や美濃といった山がちな場所を歩きます。そのときに心に残った風景を水彩画として描き、まとめたものが本書です。