
前回の記事でメキシコから無事エルサルバドルに入国した前田家。南北アメリカ大陸を南下するのはここまでで、この後は南太平洋へと針路を進めていく予定です。
そのため最終的なヨットのメンテナンス等、やらなければいけないことは山積みなのですが、少しだけ息抜きを。ということで、1泊2日で藍の街として知られる古都スチトトを訪れました。
海上より陸のほうが危ない!?
「海の上は危ない」というイメージをお持ちの方は多いのではないかと思いますが、実はヨット旅をしている人たちが怪我をするのは、陸での観光中が圧倒的に多いらしいのです。
これは陸に上がると嬉しくてついつい気が緩んでしまうためかもしれません……。ものすごく納得できてしまうところが怖い! 気を引き締めて行ってきたいと思います。

舵からハンドルに握り変えて、いざ出発。
現地のタクシーやバスなどの公共の交通機関も、国によってはかなり運転がラフだったりしてヒヤっとすることがありますよね。クルマ自体も、果たしてブレーキはきちんと効くのだろうかと不安になるようなオンボロ車だったり……。
幸いにも、今回は信頼できそうなクルマを借りることができました。それでも交通量は海より陸の方が圧倒的に多く、また、外洋ヨットには便利な自動運転装置が装備されている場合がほとんどなので、運転に関しては海の方が気楽かもしれません。

陸にはこんな危険も! 滞在したホテルの室内でサソリを発見。

石畳、煉瓦塀が似合うエルサルバドルの古都、スチトトの街並み。

コロニアル様式が目を引く、街の広場にあるサンタルシア大聖堂。

マホガニーがふんだんに使用された聖堂内部。

市内を巡るレトロな観光トラック。
日本の協力で蘇ったエルサルバドル藍
実は今回の旅の目的に、エルサルバドルの“藍”がありました。藍は最古の染料のひとつとして世界中で親しまれてきましたが、藍色は「ジャパン・ブルー」とも呼ばれ、日本人にとっては特に馴染み深い色ですよね。
実はここエルサルバドルも藍の一大生産地であり、古代マヤ文明の時代より藍染めが行われてきました。植民地時代には輸出産品として大発展していきましたが、19世紀後半に化学染料が発明されると、手間のかかる天然の藍は一気に廃れ、その後長らく続いた内戦の影響もありエルサルバドル藍は完全に姿を消してしまいました。
そんなエルサルバドル藍の復活に多大な貢献を果たしたのが、日本人染色家の児嶋英雄氏、そしてJETRO(日本貿易産業機構)、JICA(独立行政法人国際協力機構)の草の根活動でした。こんな遠く離れた場所で、日本の方々の活躍を知ることができて何だか嬉しい気持ちになりました。

『Arte Anil』のアトリエ兼ワークショップスペース。素敵な作品の数々に心躍る。
今回、私たちが訪れたのは、街の中心地にある藍染めショップ、『Arte Anil』。Anilとはスペイン語で藍のこと。『Arte Anil』では、素敵な藍染め作品が購入できるほか、ハンカチやスカーフを自分で染められるワークショップが観光客に人気を集めています。
店主のイルマさんも、日本の協力によってエルサルバドル国内に設立された藍工房で技術を学んだひとり。一度廃れてしまった伝統産業を復活させることは並大抵の努力では成し得なかったことだと思います。蘇ったエルサルバドル藍を目にすることができる奇跡に感謝しつつ、ワークショップに参加させてもらいました。
藍染めの世界へようこそ
まずは、エルサルバドルで使用される藍の特徴や染織の歴史について、ワークショップスペースで簡単なレクチャーを受けました。藍色の元となる成分インディカンを含む植物は数種類あり、日本とエルサルバドルでは使用されている植物が異なるそうです。
また、日本では藍の葉を発酵、乾燥、微生物による追加の発酵により、堆肥状にした「すくも藍」を使用しますが、エルサルバドルでは葉を水の中で発酵させ、石灰を加えて水と藍成分を分離させ沈殿させる「沈殿藍」や「泥藍」と呼ばれる方法が用いられています。
化学染料と比べればどちらも手間がかかりますが、前者は時間と熟練の技術を要するのに対して、後者は比較的簡潔な方法になっています。
藍染めは繰り返しによって多彩な表現が可能になる染色技法で、日本では濃淡によって48種類もの呼び名があるほどです。ごくごく薄い藍色は、ちらっと甕の中を覗いた程度の色という意味の「甕覗き」、最も濃い色は「留紺』」と呼ばれていたりしています。
微細な違いを表現するのが得意な日本の藍染めに対して、エルサルバドルで使用されている藍はインディカンを多く含むため、濃く染まるのが特徴で、濃く深い藍色を表現するのに適しているのだそう。多様な青色は、海の色のようで見飽きることがありません。
違いはあれどどちらも美しく、植物の力と先人の知恵に驚かされますね。

色の濃淡によって表現された作品。
エルサルバドル藍について理解が深まったところで、さっそく染めの作業へ。今回は、簡単な絞り染めに挑戦します。まずは、薄手の綿生地を折り畳み括り、色の入る場所と入らない場所を分けて模様を作るための作業を行います。生地の折り方、括り具合によって仕上がりに差が出るため、ひとつとして同じものはできない面白さがありますね。
次に、小さく折り畳んだ生地を藍染液の中に浸していきます。液の中から引き上げた途端に空気中の酸素と反応して、緑がかった色から青に変わる瞬間は、まるで魔法のようです。藍染めをはじめ草木染めの工程は化学的な不思議に満ちていて、子供から大人まで楽しめる体験だと思います。

色の変化に注目のドキドキの瞬間。

希望の濃さに仕上がったら、お酢で色止めをして水洗い。

天日で干して世界で一枚のスカーフが完成。
上の写真の左に立つ女性が、店主のイルマさん。夢は、いつか日本の藍染め産地を訪ねることだそう。近い将来にぜひ実現させて欲しいですね。
他人事じゃない!? 日本の天然藍染めも絶滅の危機に
天然の藍染めはエシカルな上に、高い抗菌作用、防臭効果、紫外線防止効果と、見た目の美しさ以上に多くのメリットを持っています。しかし、やはり時代の波には勝てず、手間と技術を要することから日本でも絶滅の危機に瀕しています。エルサルバドルの藍染めの歴史は、決して他人事ではなかった訳です。
日本の藍染め技術が守られるように、まずは生活の中に藍染め製品を取り入れてみてはいかがでしょうか。また、手軽な染色キット等も販売されているので、お気に入りの布製アウトドアグッズをおしゃれに長持ちさせるために、藍染めに挑戦してみてるのもおすすめです。
今回の記事が復活したエルサルバドル藍、日本の藍染について再発見していただくきっかけになれば嬉しいです。

小鳥も休憩中の停泊地にて。「住めば都」はどうやらヨットにも当てはまるらしい。
久々の陸での滞在、帰ってくると相変わらず揺れている我が家(船)なのですが、ホッとしている自分がいました。すっかり海の上の方が日常になっていて不思議なものです。
しかし、この後、錨が外れて流されてしまったヨットが係留中の我が家とあわや衝突、というアクシデントがありました。幸い大事には至りませんでしたが、陸でも海でも油断は禁物。危険はすぐそこに、ですね。
それでは、また次回。

こちらの地元のファミリーも船がある生活が日常。