
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第13回をお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その13]
ここからはOFF TRAIL=トレイル外の行動へ
前回記したように、ポトマックヘリテージトレイル2日目に宿泊したのはCross Trails Hostel。ここは街の中心からは距離があり、一番近いダラーショップ(100均のようなショップ)まで4マイル(約6.4km)あります。
雨の中、大量の食料を持ちながら歩く道のりは、結構大変でした。個人的に気になったのは、ダラーショップに野菜が置いていないということ。その昔、狩猟民族だったころの人間は野菜なんて食べなかった。そう言い聞かせ雨の降りしきる中、ホステルに戻ってきました。
アメリカのトレイル沿線のホステルでは、大部屋にベットがあるだけではなく、屋外にテントが張れるスペースがあるところも珍しくありません。Cross Trails Hostelもそうでした。テントサイトの宿泊は1泊20ドル、ホステル部屋に泊まると35ドル。
僕がアパラチアン・トレイル(AT)を歩いた2005年より、だいぶ物価が上がっているようですが、ワシントンDCなどの相場に比べるとリーズナブルに宿泊できます。
テントサイトの宿泊とはいっても、ホステルのキッチンやシャワーを利用できるし、共有のスペースでゆっくり過ごせます。結局は、屋内のベットに寝るか、屋外に貼ったテントで夜を過ごすかの違いだけになります。もっとも、丸1日歩いて疲れていると、テントを張るのも面倒だし、普段以上にベッドが心地よく感じられたりするのですが…。

ホステルの目の前のテントサイト。

ホステルの共有スペース。

トレイル沿いの安いホステルでは、2段ベットが多いです。
Cross Trails Hostelに宿泊した翌日(=ポトマックヘリテージトレイル3日目)。この日からの4日間はOFF TRAIL旅(トレイルを外れた旅)を計画していました。
1日目は、アパラチアン・トレイルを歩いて以来、ハーパーズ・フェリーの町を19年ぶりに散策。2日目は、ホステルから約10マイルの地点にある、DEVID LESSER SHELTERに宿泊。3日目は、思い出の場所であるベアーズデンホステルまで歩き、4日目にまたCross Trails Hostelに戻るという、4日間のプランです。
ということで、Cross Trails Hostelの無料の朝食を食べると、再びアパラチアン・トレイルのルートに戻り、久々のハーパーズ・フェリーに向かいました。
なお、Cross Trails Hostelは、敷地内で自転車のレンタルもしていました。しかも電動も!さすが、バイク(自転車)のルートもあるC&O運河トレイルとクロスしているだけのことはあります。もちろん、OFF TRAILであっても、ハイカーの僕は自転車をレンタルせず、自らの足で移動します。

無料の朝食はパンケーキミックスと卵。写真を撮り忘れましたが、おいしかった!です。
さて、19年ぶりのハーパーズ・フェリー散策へ向かいます。ハーパーズ・フェリーは、アメリカ合衆国ウェストバージニア州ジェファーソン郡にあります。ワシントンD.C.から北西へ約100km、ウェストバージニア州の最東端に位置し、メリーランド州、バージニア州と接している州境の街です。
また、ポトマック川とシェナンドー川との合流点にも位置しています。今も古い街並みが残るハーパーズ・フェリーは、南北戦争における激戦地としても知られ、街の一部がハーパーズ・フェリー国立歴史公園に指定されているそうです。
ハーパーズ・フェリーという名前は、1733年に入植者によって渡し船(フェリー)が設けられ、1747年にこれを買い取ったロバート・ハーパーが自分の名を付けて「ハーパーズ・フェリー」と呼ぶようになったとか。
1796年にはアメリカ連邦政府がこの土地を購入し、武器庫を建設。ハーパーズ・フェリーは交通上、軍事上の要衝となりました。そうしたことから、先述のように南北戦争の激戦地にもなります。特に、1862年9月12日から15日にかけての「ハーパーズ・フェリーの戦い」は、南北戦争における有名なエピソードとなっているそうです。
南北戦争に際してウェストバージニア州がバージニア州から分離した際、ハーパーズ・フェリーはバージニア州に含まれていました。そして、南北戦争が終わると、ハーパーズ・フェリーが含まれるジェファーソン郡とバークリー郡は、連邦政府によってバージニア州からウェストバージニア州に移管されたそうです。
現在では、アムトラックのシカゴとワシントンの間の夜行長距離列車キャピトル・リミテッド号が1日1往復停車するほか、メリーランド州の通勤鉄道であるMARCがブランズウィック線を運行。ワシントンDCから1時間程度とアクセスも良く、人気の観光地となっています。

ハーパーズ・フェリーの商店エリア。

街のランドマークのセイントペーターズローマンカトリック教会。
何より、ハイカーとして重要なのが、ハーパーズ・フェリーはアパラチアン・トレイルのハーフポイント地点であること。単年で一気にトレイルを歩き通すことを「スルーハイク」といいます。
アパラチアン・トレイルのスルーハイクを志して歩き始めたハイカーが、この中間地点であるハーパーズ・フェリーに到着した時点で断念。翌年、またハーパーズ・フェリーからトレイルを歩き始めるというハイカーも少なくありません。The Appalachian Trail Conservancy(アパラチアン・トレイル保護協会)の事務所もハーパー・ズフェリーにあります。

The Appalachian Trail Conservancy内にある案内板。
アパラチアン・トレイルを歩いた2005年、僕はここに訪れたのですが、到着したのが夕方だったので事務所が閉まっていて入れませんでした。翌朝も早い時間の出発だったので、事務所に立ち寄っていません。今回、19年ぶりにThe Appalachian Trail Conservancyを再訪し、ようやく念願を果たしました。
事務所の中には、ラウンジがあり、ハイカーが水を補給したり、充電したりすることができます。冷蔵庫の中には、安価なソーダやキャンディーバーも置いてあります。アパラチアン・トレイルのハイカーは常駐しているスタッフに写真を撮ってもらうこともありますが、そうした写真は事務所内に掲示されます。
The Appalachian Trail Conservancyでは、アパラチアン・トレイルのTシャツや地図、ガイドブックも販売。ここの事務所はハイカー同士の情報交換の場としても機能しています。

ハイカーのためのラウンジ。

アパラチアン・トレイルの関連グッズも充実。

アパラチアン・トレイルでノースバウンド(北向き)のスルーハイカーは、ジョージア州からメイン州を目指します。
ハーパーズ・フェリーで、2005年に立ち寄れなかった場所が、もう一つあります。Harpers Ferry Outfitters Hike & Bike Suppliesというアウトドアショップです。
僕が訪れたときにいた60代の店員の男性は、2003年にアパラチアン・トレイルをスルーハイクしたそうです。僕がトレイルで会うハイカーのほとんどが2010年以降の踏破者なので、彼はひさしぶりの「先輩」です。彼はバイカーでもあり、日本を2カ月間かけて自転車で回ったこともあるそうです。

趣のあるHarpers Ferry Outfitters Hike & Bike Suppliesの入り口。
前回バックパックのバックルが壊れたことを記しましたが、この店で新しいバックルを入手できました。多くのハイカーが愛用しているオスプレーのバックパックのウエストバックルが、僕が使っているミステリーランチのベルトの幅と一緒の製品だったのです。
しかも、同じオスプレーのの製品のバックルの在庫がたまたまあり、特別に2ドルで販売していただけました。特別にも何も、バッグ用のバックルを求めてアウトドアショップに来店する人なんてほぼいないでしょうが。
ともかく、さすがにバックルだけで買うのも申し訳ないですし、記念にアパラチアン・トレイルのTシャツなどを購入しました。こんなことをしているから、トレイルの日程を消化しても荷物が減らないどころか、増える一方なんですよね…。

店内にはところ狭しとアウトドア・ギアがびっしり。

ハイカー・フードも充実。
ここで店員に教えてもらったのですが、2024年9月末に「ヘレン」というハリケーンがアメリカ東南部、ジョージア州、ノースカロライナ州、テネシー州、バージニア州南西部に大雨と強風をもたらしたそうです(アメリカでは、タイフーンやハリケーンに女性名を付けることが慣例にとなってます)。
この影響で、南部のアパラチアン・トレイル沿線の街やトレイルそのものが被害にあったそうで、特にテネシー州アーウィンでは洪水が発生しました。このハリケーンの影響は、C&O運河トレイルに及びました。ポトマック川の水位がかなり高くなり、低い位置のトレイルはポトマック川の濁流に飲み込まれそうな状況だったそうです。
僕らハイカーがトレイルを楽しく歩けるのは、平和な日々だからこそです。大きな被害を受けたトレイル沿いの街とそこに暮らす人たちが、1日も早くもとの生活を取り戻すことができることを願わずにはいられませんでした。
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