
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第18回をお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その18]
オールドタウンであらためて火が着いた「挑戦」への思い
The Potomac Heritage Trail : MILE155.2
ポポートンネルは、ウェストバージニア州ポポーの近くに位置し、ポトマック川の6マイル (9.7 km) 地点の馬蹄形の湾曲部が5つあるポポーベンドを迂回するために建設されました。
かわいらしい(?)名前は、近くの尾根に沿って豊富に生育するポポーの木に由来。600万個以上のレンガを使って建設されたトンネルは、「C&O運河国立歴史公園沿いの最大の工学上の驚異」と評価されているそうです。
トンネルの建設が始まったのは 1836 年。総工費 33,500 ドルで、 2 年以内に完成する予定でしたが、予想よりもはるかに複雑で費用がかかり、当初の予定より10 年以上遅れて1850年に開通しました。トンネルの完成までにかかった費用は60万ドルで、チェサピーク・アンド・オハイオ(C&O)運河会社は破産寸前に。
結局、ポポートンネルの建設費用が高額で完成が遅れたため、C&O運河そのものの建設はメリーランド州カンバーランドで終了し、ピッツバーグまで続くという当初の計画は実現できなかったそうです。ポポートンネルは、C&O運河が1924年に閉鎖されるまで利用され、現在はC&O運河国立歴史公園の一部となっています。

ポポートンネルの内部に進むのに、なぜか少し躊躇しました。

約175年前につくられたと思えないほど、今もしっかりしているトンネル。
突然ですが、僕は基本的に奇抜な人を見かけてもスルーします。君子危うきに近寄らず、なんていうと偉そうですが、彼らは話が長くなりがちだし、どうにか話に耳を傾けても「やっぱり変わってる」と納得して終わることがほとんど。
ストレートにいうと、個性的で風変わりな人が苦手なのです。しかし、このときは魔が差したというか、つい足を止めていました。
前輪が極端に大きいペニー・ファージングという自転車があります。昔のモノクロ映像などでたまに見かける風変わりな自転車です。そんなペニー・ファージングでトレイルを旅する人を初めて見ました。
ただでさえ目を引くペニー・ファージングですが、カラフルなステッカーで目立っているし、街中じゃなく自然の中のトレイルだしで、思わず見入ってしまいました。すると、僕に気づいた彼がペニー・ファージングを降りて話しかけてきました。
彼の名前は、ダニー・デイビスといいます。約1年前、彼の孫が自閉症であることが判明。何か前向きなことをして孫を勇気づけられないかと考え、カリフォルニア州ロサンゼルスからメリーランド州までの区間をペニー・ファージングで横断する旅を計画したそうです。
とても目立つ自転車に乗っているので、声をかける人がいます。すると、彼は自転車を降り、自分の旅の意図を話しながらステッカーなどを配り、自閉症に関心を持ってもらえるよう寄付を呼びかけます。
そうして集まった寄付は、支援が必要な子どもたちのためにバランスバイク、ヘルメット、安全パッドを購入する費用にあてられるそうです。彼のペニー・ファージング旅の詳しい経緯はサイトに書かれています。
つまり、人から声をかけられるように、あえて目立つペニー・ファージングに乗っていたのです。最初は今どきのYouTuberかとも思ったのですが(失礼!)、しっかりした信念を持って活動をされている方だったのです。彼の話を最後まで聞き、ほっこりしました。彼とは先々の街の情報などを教え合い、別れました。

ペニー・ファージングに乗ってアメリカを横断するダニー・デイビス。
The Potomac Heritage Trail : MILE166.7
いよいよ、C&O運河トレイルの終盤に入りました。豊かな自然の中を歩いているかと思えば郊外に出たり、はたまた高級住宅街、牧場などを通過していきます。集落を抜けて森を越え、また集落へ。そしてときには街へ。
ふと気づくと、世界遺産にも登録されている巡礼路、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラにも似た雰囲気の穏やかな道のりを歩いていました。この辺りは、その名もオールドタウンといいます。
とある庭先を通っていると、水が置いてあります。トレイルマジック(ハイカーへの施し)か!?そう思って張り紙を読むと、なんと、販売している水で、料金を入れる箱も設置されていました。そもそもほぼ人通りのない場所ですが、わざわざ水を購入する人などいるのでしょうか…?

良い雰囲気のオールドタウンエリア。

トレイルマジックかと思いきや…。
ワシントンDCを出発して以降、2日に1度ぐらいの頻度で目にしていたマーカーがあります。それは、アメリカン・ディスカバリー・トレイルのマーカーです。
アメリカの多くのトレイルは、北から南にアメリカ大陸を縦断しています。一方、アメリカン・ディスカバリー・トレイルは、アメリカ大陸を横断する唯一のトレイルなのです。
そのルートは、北大西洋に面したデラウェア州のヘンローペン岬から、北太平洋に面したカリフォルニア州ポイントレイズ国立海岸まで。途中で2つに分かれ、北ルートを選ぶと4,834マイル(約7,734km)、南ルートを選ぶと5,057マイル(約8,091km)となります。順調に歩いても、10カ月~1年はかかります。
1年間もトレイルを歩くためには相応の資金が必要ですが、最大のネックはアメリカ滞在の1年のビザを取得することです。現状、個人ではアメリカに滞在する1年のビザは取得できません。
この数年、僕はアメリカン・ディスカバリー・トレイルをスルーハイク(※)するため、協力してくださる企業を探しています。もちろん、ものすごく高いハードルなので、今のところ協力していただけける企業や団体はまだ現れていません。
※スルーハイク:中断を挟まずにトレイルを歩き通すこと。
でも、あきらめるつもりはありません!と、ここで熱く語るのは、アメリカン・ディスカバリー・トレイルとC&O運河トレイルの分岐点が、このオールドタウンなのです。つまり、ワシントンDCからオールドタウンまでの道のりは、アメリカン・ディスカバリー・トレイルでもあるのです。
今回はポトマックヘリテージトレイルの一部であるC&O運河トレイルとして、オールドタウンまでの道のりを歩きました。そう遠くない将来、この同じ道のりを、今度はアメリカン・ディスカバリー・トレイルに挑むハイカーとして歩ける日が来ることを信じています。

アメリカン・ディスカバリー・トレイルのマーカー。
The Potomac Heritage Trail : MILE 169.2
この日の宿営地は、ピグマンズ・フェリー・ハイカー・バイカー・キャンプサイト。C&O運河トレイルの終点近くにもキャンプ場があるし、そこまで5マイル(約8km)の距離です。
しかし、街が近くなると行き交う人も増え、キャンプ場がうるさくて落ち着けないことも珍しくありません。今夜は、C&O運河トレイルの最後の夜です。せっかくなら、ゆっくり過ごしたいなと考え、街から距離のあるキャンプサイトでの休息を選んだのです。
これまで雨天が続いてなかなか乾かす機会のなかったウェアやテントを干しながら、のんびりとした時間を過ごしました。すると、日暮れ寸前にアジア系のバイカーがキャンプサイトにやってきました。
彼はカリフォルニア州に住んでいて、今回はアメリカ東部を巡っているそうです。しかも、アメリカだけでなく世界中を自転車で旅していて、日本にも来たことがあるという話です。興味を持って聞くと、友人に連れられて行ったので日本のどこを自転車でめぐったのかよく分からないと、正直過ぎる回答…。
そのバイカーは食料を分けてくれた上、「ゴミがあったら持ってくよ!」と言ってくれました。なんて優しいんだ。自転車のギアもいろいろ見せてくれたのですが、お相撲さんの形のライトがありました。「日本で買ったの?」と聞くと、「コロラドで購入した」と再び正直過ぎる回答…。
これはこれでC&O運河トレイル最後の夜にふさわしい…かな。ともかく、たまたま会った心優しいバイカーと焚き火を囲みながら、楽しい時間が過ぎていくのでした。

ピグマンズ・フェリー・ハイカー・バイカー・キャンプサイト。天気にも恵まれ、良い雰囲気。
ナショナルシーニックトレイル踏破レポのバックナンバーはこちら
※vol.16〜18で紹介したトレイルの様子は、下記の動画でもご覧いただけます。
