
地球の鼓動を感じるだけではなく、どこか神秘的な力を宿しているような、独特の存在感を有する巨石。
日本でも巨石信仰や石を祀った「石神様」といったものが各地の山に見られますが、ドイツにも聖地として利用されてきた巨石がありました。長い歴史の中でさまざまな信仰の対象となってきた、なんと40mもの高さの巨石群なんです。
森の中に出現する40mの石
その場所があるのは、ドイツのドルトムントから車で1時間半ほど東に行ったトイトブルグの森。世界史が好きな方はローマ帝国とゲルマン人の戦いの地として、名前を聞いたことがあるかもしれません。ここに謎の巨石群「エクスターンシュタイネ」があります。
駐車場から森の中の遊歩道をしばらく歩いていくと、視界に突如として巨大なものが現れました。まだ遠くにあるのにすごい存在感!

遠くからでもわかる巨大さ。
エクスターンシュタイネ(Externsteine)は直訳すると「外側の石」といった意味だそうですが、古いドイツの言葉で「とがった」や「尾根」を表す言葉が組み合わさってできた造語が由来のよう。まさにそのとおり、尾根のように連なった5つの巨石が立ち並んでいます。
かつては海だった、内陸200kmの森
この巨石群、最初から5つの石だったわけではありません。約7000万年前の地殻変動により、圧力がかかった地層が垂直方向に押し上げられ巨大な石の山脈が地上に出現しました。それが氷河や川の流れによって少しずつ削り取られていき、今の形になったそうです。

水の力によって削られ、2つに分かれた巨石。
この辺りは現在では海岸線から200kmも離れた内陸に位置しています。しかし太古の時代は海でした。そしてこの高さ40m級の石も、もとは砂だったのです。
岩石は大きく分けて、マグマの力によってできる「火成岩」、積もって固まる「堆積岩」、圧力や熱でつくられる「変成岩」の3種類があります。エクスターンシュタイネの巨石は海底につもった砂が石になった砂岩とよばれるもので、堆積岩に分類されます。しかも1億年前の白亜紀の時代に堆積したもので、岩石自体が非常に古い時代のものです。

この巨石も、大昔は海底の砂だった。
巨石の上に登ることもできる!
さて近づいてみると上の方に人がいるのが見えます。なんとここでは巨石の上に登ることもできるのです。

最上部の柵の中に人が見える。
入場料は大人4ユーロ(約650円)、6~14歳のこどもが2ユーロ(325円)で、5つの巨石のうち3つに登ることができます。真ん中の2つの石のあいだにはアーチ状の鉄橋がかけられていて、石の間を渡って降りてきます。私は、息子の一人がちょっと怖いということで下で一緒に待機。夫と上の子どもたちが登っていきました。下から見ていてもその高さにはドキドキします。

石を削って作られた階段。古いものは中世の時代に作られたとみられている。

下のベンチで待っている私たちが米粒のよう。高い!

2つの石のあいだにかかる鉄橋を渡っているところ。
降りてきた家族に話を聞いたところ、石を掘って作られた階段はせまく、そして急でかなり登りにくかったそう。思ったよりも疲れたそうです。
さまざまな信仰の聖地に
彼らが登っている間、私たちは石の周りをぐるっと回ってみました。するとそこには岸壁に彫られたリリーフや、鉄格子がはめられた横穴がいくつも並んでいました。なんだかとても不思議な雰囲気。

側面に掘られた複数の横穴。侵入防止のためか鉄格子がつけられている。
実はエクスターンシュタイネは昔から人々に崇められていた「聖地」でもあったのです。たとえば「ケルト人の聖地」、「ゲルマン人の聖地」、「紀元前の天文台」、「ドイツのストーンヘンジ」、「キリストの墓」など、ささやかれている説は数知れず。確かに過去の人々がこの地に残した痕跡は多く見つかっています。
ですが、いずれもそういった場所であったと明確に言い切れるだけの考古学的な証拠には乏しく、いわば「謎の聖地」でもあります。それでも長い歴史の中でそれぞれの時代の人々が、さまざまな信仰の対象にしてきたことがうかがえます。
古くは旧石器時代から人間はエクスターンシュタイネを利用していたらしく、当時の石器が発掘されています。

これは4世紀以降に見られる、アルコソリアと呼ばれるアーチ状の形が特徴的な石棺。実際の制作時期は不明。
時期や目的がはっきりとしている痕跡の多くは、中世以降この地に定住した修道士たちが残したキリスト教関連のもの。私たちが見た横穴は、キリスト教の隠者たちが隠匿生活を送っていた場所だったとみられています。
他にも礼拝所らしい洞窟や通路、小部屋などが作られていますが、その目的や用途がわからないものも多くあります。またキリスト降架のシーンを描いた大きなレリーフが階段の横に彫られています。これは12世紀頃に作成されたと見られていて、ヨーロッパ美術史上も貴重な資料のひとつです。

階段の右側に見えるのが高さ4.8mの「十字架降下レリーフ」。ここに彫られたモチーフや構図にも様々な聖地の解釈をする人々が。
第二次世界大戦時には、ゲルマン人の聖地として象徴化できないかと考えたナチスによって、それらの証拠を見つけ出すために多くの考古学的調査が行われたこともありました。
他にも夏至の日の出が差し込むように作られた小窓がある祭壇や、天文観測に使われたのではないかと推測される場所など、明らかに人の手によって作られた箇所がいくつもあります。
また構造がドラゴンに見えると言われたり、聖なる遺物が隠されているという伝説も。いずれもはっきりとしたことはわかっていませんが、現在でも夏至の日など特定の日には多くの人々が聖地巡礼に訪れているそうです。
現地で感じる圧巻の迫力
これらの巨石群は地殻変動によって形成されたものだと、科学的に説明できる現代。それでも何か神秘的な力で出現した「特別なもの」のように感じる気持ちはよくわかります。
なんといっても緑の森の中に突如として現れる、まるで壁のような巨大な石たち。そしてそのどれもが絶妙なバランスで成り立っているようで、とにかく圧巻の一言です。

数千年後には、また違う聖地と崇められているかもしれない。
エクスターンシュタイネはEU規模の自然保護区ネットワークであるナチュラ2000に指定されているほか、ドイツが世界遺産候補リストとしても選定した「ナショナル・ジオトープ」の1つにもなっています。周辺はハイキングコースやビジターセンターが整備されており、バスでもアクセスできる見学しやすい場所。
しかし気が遠くなるような長い地球の歴史の一端を目の前にすると、ここで営まれている人類の歴史なんてほんの一瞬のことと思ってしまいます。そんな圧倒的な自然から受ける印象こそ、聖地の名にふさわしいものかもしれません。
〈参考〉エクスターンシュタイネ インフォメーションセンター
https://www.externsteine-info.de/

ライター&科学コミュニケーター。福井県立大学海洋生物資源学研究科修了。スノーケリング教室のインストラクターバイトをきっかけに環境教育の道へ。その後「自然環境を伝えるのには科学が重要!」と気づき、科学コミュニケーターとして科学館に勤務。2006年よりオランダ在住。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員