「そなえよ、つねに」を合言葉に、野外体験活動による全人教育を行なってきたボーイスカウト。このエキスパート集団にも、現代社会特有の問題が忍び寄る。野営用の一本の手斧から、刃物を取り巻く状況を考える。
アウトドア体験を通じて社会に貢献する人材の育成を目指してきたボーイスカウト
2010年、その活動の象徴ともいえるジャンボリー(スカウト教育イベント)でショッキングな出来事が起きた。鉈によるケガで59人もの参加者が救護を受けたのだ。事態を重くみたボーイスカウト日本連盟は、すぐに原因の調査と分析に入った。
「さまざまな背景が浮かび上がりました。刃物の管理体制、指導方法、使用する薪の材質。でも、一番の原因は技能不足です。日常生活のなかで子供たちが刃物に触れる機会が失われているのです。ことボーイスカウトだけでなく、今の社会全体の問題だと私はとらえています」
こう語るのは、ボーイスカウト日本連盟山中野営場(山梨県)の佐久間場長(67歳)だ。ボーイスカウトでは、薪を割る刃物は各班の装備品であり、班の備品係が班長の指導のもと管理する。
「ボーイスカウトのキャンプでは、現地調達できる落ちた枝などを薪に想定しています。ストーブ用とは太さも割り方も違うので、刃物も異なります。世界的には携行しやすい手斧が一般的で、日本のボーイスカウトでは鉈も併用されてきました」
山中野営場には、さまざまな時代の手斧や鉈がある。佐久間さんが好んで使っているのは、プラム社とコリンズ社の古い手斧。共にアメリカ製だ。
「昔は米軍の放出品の中にいい刃物がけっこうありましてね。これらの手斧はヘッドの大きさが適当で刃が薄身。鋼も硬すぎず、ちょっと研げばすぐに刃が戻る。野外で使う刃物は、研ぎやすさも大事なポイントです」
ヘッド以上に重視するのが柄である。手斧は持ち手の肘を軸にした回転力で切る刃物なので、ヘッドと柄の調和が大切だと、佐久間さんは考える。
洋式の斧には美しい曲線を持った柄がすげられている。太さにも抑揚がある。首の部分は衝撃を受け止めるためがっちり張っている。中ほどのくびれは、野球のバットのようにしなりを活かすためものものだ。グリップエンドは握力が逃げないようフック状になっている。力の吸収、反発、保持性、重心などの均衡を追究した結果が、この優美なシルエットなのである。
「いちばん大事なのは、すげ口から握りの端まで木目がつながっていること。つまり安全性や耐久性を考えて木取りがされているか。最近の柄には木目が途中で斜めに切れているものもあって、折れやすいんですよ」
コスト至上主義の悪影響か。あるいは本質を見定める人間の眼が曇っているのか。刃物を提供するプロさえ本末を転倒させている今、子供たちの不器用ぶりをあげつらう資格は大人にはない。「社会全体で考え直すべき」と佐久間さんが言うのは、物事の道理の判断を含む「人間力」のことである。
※ 所属や肩書は取材当時のものです。
文/かくまつとむ 写真/大橋 弘
※ BE-PAL 2014年8月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 01 ボーイスカウトの手斧 』より。
- 『 フィールドナイフ列伝 01 ボーイスカウトの手斧 』掲載号
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BE-PAL編集部BE-PAL 2014年8月号
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