一回り大きいサーフボードのようなボードに乗って、パドルを使いながら移動するSUP(Stand Up Paddleboard)。海でやるイメージが強いスポーツですが、広島では、街なかで楽しむことができます。
SUPを人々のライフスタイルの一部に
広島市内を流れる太田川は、広島市廿日市市にそびえる冠山を源流とし、下流で三角州を形成する一級河川です。太田川からほど近くの「MAGICISLAND(マジックアイランド)」では、SUPを体験できるだけでなく、サーフィン、スノーボード、ウィンドサーフィン、カイトサーフィンなどの体験やスクールなどを実施するほか、店内でスノーボードやサーフィンのギアも販売しています。
まるで海辺に建っているような外観の店へ入ると、出迎えてくれたのが、西川隆治(にしかわ・りゅうじ)さん。1992年に開業して以来、アウトドアスポーツの体験やスクールを実施しています。
西川さんがアウトドアスポーツをはじめたのは、今から30年ほど前、日本でウィンドサーフィンが流行り始めた頃です。
「ウィンドサーフィンが入り口でしたが、その後はスノーボード、ウェイクボード……と新しいスポーツが入ってくる度にやりました。新しいスポーツをするときにはいつも、楽しみがあります」
川で楽しむSUPのために、より川の近い今の場所へ店鋪移転してきたのだそう。
「広島にも海はありますが、内海で穏やか。サーフィンのように波を楽しむスポーツは、県をまたいで日本海までいく必要があります。遠い道のりを行かずに、身近なところでアクアスポーツをできたら良いと思いませんか? 広島市には歴史のある太田川があります。空気で膨らむインフレータブルタイプのボードであれば、折り畳んで自宅で保管できるし、それこそ朝にSUPを楽しんでから出勤するといった暮らしもできる。そんなライフスタイルが広島で主流になったら面白いですよね。その流れをつくろう! と思ったんです」
SUPは準備が肝心
SUP体験は、準備体操から始まります。ウェットスーツとライフジャケットを身に着けて、ボードやパドルなどSUPで使う全ての道具を持ち、店から徒歩2分の川へ向かいます。川のそばの公園で、ヨガのポーズを取りいれた準備運動をパドルを持ちながら行い、SUPで使う体幹のスイッチを入れて行きます。
「SUPを漕ぐときは、へその下の『丹田(たんでん)』と呼ばれる場所を意識することが大事です。とても簡単に言うと、お尻の穴をギュッと締めるような感じです」
やってみたものの、これがなかなか難しい。両手でパドルを掲げて片足で立ったりスクワットしたりするうちに、普段使わない筋肉がプルプルしてきます。日頃の運動不足を反省しました。
ひと通りの準備運動が終わったら、1人ずつボードを持って、川へ続く階段を降りていきます。
この階段は「雁木(がんぎ)」と呼ばれています。水運が盛んだった広島市には、日本一を誇る300以上もの雁木があります。どの潮位でも船が接岸できるように、と作られましたそうです。
そう、この太田川は、瀬戸内海の潮汐の影響を受けるのです! 体験した日は15時頃に満潮になると読み、その前に帰って来られるよう、13時に出発しました。
ひと味違う街の姿が川から見える
SUPをするときには、特に船の往来に気をつけます。船によって立つ波で、ボードが揺れます。川への転落を防ぐために、船の航路からできるだけ離れ、ボードの上にしゃがんで重心を低くし、波がおさまるのを待ちます。
小さい波でも油断は禁物で、ボードは大きく揺られます。立つのもやっとなのに、波も重なって恐怖感も2倍です。
それでもなんとか堪えてボードに慣れると、いつもと違う街の様子が見えてきました。例えば、自分よりもはるか上を歩く通行人。しっかりと鉄骨が組まれた橋の裏側。橋の下でオカリナを練習している人……。そして、色がくっきりと分かれた、ふたつの川の合流地点は、見たこともない光景でした。
「こうやって川の真ん中にいると、川沿いに並ぶ桜の木を遠目に眺めることができます。春には桜色の花、秋には赤くなった葉を見て四季を楽しめます。街なかでも自然を感じられるのが、ここでやるSUPの魅力なんです」
出発地点からどんどん下流へ進んで「原爆ドーム」へと近づくにつれて、観光客も数も増えていきます。かなり注目されることもあって変な感じです。そうこうしているうちに、当初の目的地である原爆ドーム前の雁木にたどり着きました。
ひとまず岸に上がり、全員で記念撮影。操作に不慣れすぎなせいか、時間は予定より遅れて、15時も近くなるころ。少し日が傾いてきました。
これから出発地点へ戻りますが、潮がひきはじめました。こうなると漕いでもなかなか進みません。
苦戦しているのを見かねた西川さんから、丹田に力を入れて全身を使って漕ぐ、とアドバイスをもらいました。「続けてればくびれができるよ」という言葉に励まされ、漕ぎつつけます。これでウエストがどのくらい引き締まったのかは気になるところです。
やっとの思いで戻って、SUP体験は終了。水上を自力で進むのは新しい体験で、足にときどき水がかかって冷たいのも一興です。満足度も高くて、はまりそうな予感。
広島でSUP世界大会を
「広島市には、世界遺産があって外国からの旅行者も多いです。原爆ドームは、戦跡なのでデリケートな場所で、川で亡くなった方が多かったこともあって、戦後は川近づいてはいけない雰囲気の場所でした。戦後70年以上経った今では、世界中からたくさんの人が訪れ、川辺に多くの人たちが集っています」
原爆ドームの前を通ったときに「こんなところでSUPをやっていて良いのか」と思ったことを伝えました。すると、次のように答えてくれました。
「原爆で亡くなった人の思いを大切にして記憶を伝えながらも、戦前に、人々が楽しく集っていた頃の街や川の姿に戻ること、前に進むことが大切です」
「原爆が落とされ多くの人が亡くなったという歴史を経て、今の時代が平和だからこそ、SUPを楽しめる。広島が“世界で一番平和を感じられる街である”ことが大切だと思っています」
西川さんは、広島の中心部を12kmのコースで一周するSUPレースを開催する夢を描いています。レースには、きっと世界中から多様な人が集まるでしょう。世界一平和な街でSUPを楽しむ人々の笑顔が目に浮かぶようです。広島をSUP CITYに!
広島市西区楠木町1丁目15-4 101
TEL:082-234-1144
営業時間:11時〜21時
定休日:火曜日
構成:松本麻美