※ 所属や肩書は取材当時のものです。
自然は大切に見守るべき存在だが、私たちが生きるための糧でもある。保護に関する周知が進む一方で忘れられつつあるのが、捕って食べるというシンプルな体験の意義だ。そこでも重みを持つ道具がナイフである。
「このナイフは、うちへダイビングに来たお客さんが置いていったんですよ。ケースが壊れたからいらないって。魚を突きに潜るとき絞め具として使っていますが、もう20年も働いてくれています。安物だけど、研げばすぐ刃がつくし、失くしても惜しくない。鞘になりそうなものを探していたら、古い水道ホースがぴったりだったので切ってはめています。アウトドアの道具って、こういうもののほうが案外手元に残るんだよね」
そういって赤銅色の顔をほころばせるのは、NPO法人・オーシャンファミリー海洋自然体験センター代表理事の海野義明さん(59歳)だ。海洋学者の故ジャック・モイヤー氏とともに、伊豆諸島三宅島をフィールドとして自然の持続的な利用を模索してきた海洋教育の第一人者。同時に、三宅島の移住者ではじめて漁業権の取得が認められた人でもある。
「人と自然の共生を考えるには、一次産業のことも肌で知っておかねばならないと思っていました。素潜り漁は兼業としていたダイビングやドルフィンウォッチングとの相性も良く、潜水能力の向上や海への同調性への深まりにつながりました」
海藻採取、イセエビの網漁とひと通りの素潜り漁を覚えたが、いちばん好きなのは手銛による突きん棒だという。
「イシダイは、見つけたら少し追って岩の陰で止まるのがコツ。好奇心が強く戻って見に来るのでそこを突くんです。アカハタも気になって見に来るけれど、警戒心が強く身をひるがえすのが早い。一度見送ると警戒心が緩み、次はひるがえりが遅くなるので突きやすい。回遊魚のヒラマサは近寄るのが難しいですけど、カンパチは銛先をカチャカチャ鳴らすと寄ってきます」
基本的には急所を狙うが、即死ばかりとは限らない。暴れて身の質が低下しないように、えらの後ろにナイフを入れる。血抜きの意味もある。そのために携えるのがナイフだ。足や腰に付けると水の抵抗や絡みにつながるので、身には付けず浮き球の下に結んでおく。
2000年に島が噴火。4年半もの避難生活を余儀なくされたことで人生設計は大きくくるったが、三宅島を再び自然体験教育の聖地にしようと汗をかく。
「生き物を大切にしようという教育はもちろん大事。でも、捕って食べるという経験も人として大事な学びなんだよね。捕獲は最高の自然観察。命の意味についても否応なしに考えさせられる。そろそろ、そういうことを声に出していってもいいんじゃないかな。これから僕がやろうと思っているのは野生塾です。魚も捕まえられない子供に未来の海は託せないから」
永遠の少年は、長い銛を携え、再び磯へと潜っていった。
※ 所属や肩書は取材当時のものです。
文/かくまつとむ 写真/大橋 弘
※ BE-PAL 2014年10月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 03 スピアフィッシャーマンの絞め具 』より。
- 『 フィールドナイフ列伝 03 スピアフィッシャーマンの絞め具 』掲載号
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BE-PAL編集部BE-PAL 2014年10月号
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