キノコを採って&撮って30年!マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへようこそ!
ツキヨタケは、日本では古くから知られた毒キノコで、およそ900年前に編纂された、「今昔物語集」にツキヨタケを使って、殺人を企て失敗した話が記されている。
今は昔。
吉野の金峰山寺の別当は、お山で一番のお年寄りが務めることになっていたそうだ。
二番目に歳をとったお坊さんは、年寄りになっても元気な別当の事を苦々しく思っていた。
「八十過ぎてもピンピンしやがって、ワシももう七十になる。このままでは別当になれないまま死ぬかも知れん。こうなったら、別当を殺すかしか方法はないかも知れんな。だがな、変な噂が立って疑われても困る、毒で殺すのが一番かのう」
二番目のお坊さんは、毎日どうやって別当に毒を飲ませるか考えていた。
ある時、ワタリ(ツキヨタケの別名)という毒キノコのことを知る。
「ワタリを食ったら、誰でも必ず死ぬそうだ。美味いヒラタケとそっくりだという、しめしめ、そいつを、あの別当に食わせてやろう」
二番目のお坊さんは、山でワタリとヒラタケをいっぱい採ってきた。
「別当さま、山でキノコがいっぱい採れたで食べにきませんかのう」
「おお、そりゃ美味そうだ」
喜んだ別当を僧房に招待して、ワタリを飯や汁にして、たらふく食わせて、自分はヒラタケを食べて様子をうかがっていた。
●ヒラタケ(食べられるキノコ)
人間はキノコを、カブトムシは菌糸を食べる。カブトムシを育てるキノコ「ヒラタケ」
食事が済んで・・・。
「そろそろ、腹と頭を抱えて苦しみ出すはずじゃ」
しかし、いっこうにその様子はない。
「(不思議に思って)別当さまお食事はいかがでしたかのう」と聞くと、
別当は、歯の抜けた口で微笑みながらフガフガと、
「誠にごちそうさまじゃった。長年ワタリを食べているが、こんな美味いワタリ料理は初めてじゃ」
と言った。
「別当さまはワタリだと知っていらしたのか、ああ恥ずかしい、これではとても合わせる顔がない」
二番目のお坊さんは家の奥に隠れ、別当は悠々と自分の僧房に帰っていった。
実はこの別当は特異体質で、もともとワタリの毒が効かずに、普段からワタリを食していたのだ。
世の中には、稀にこのように毒キノコを食べても平気な人も居るものだとさ…。
ところが、実際のツキヨタケの毒性は、昔話のようにノンキなものではない。
ツキヨタケの毒性と中毒の症状は?
ブナ林の夜、闇夜に怪しく光るツキヨタケ(毒)。発光するキノコとして有名だが、実は日本で最もキノコ中毒の原因になっているキノコでもある。
キノコ中毒が多いキノコの代表、全キノコ中毒の80%を占める「キノコ中毒御三家」とはカキシメジ、クサウラベニタケ、そしてツキヨタケだ。
他2種の中毒が多い関東甲信地方はともかく、全国平均では3種の中でも50%を占め、ツキヨタケがダントツの発生原因の第一位だ。
ツキヨタケの中毒症状は、腹痛、嘔吐、下痢などの典型的な胃腸障害で通常は数日で回復する。
しかし「キノコ中毒御三家」の他の二種に比べると、毒性が強く危険が大きい。
重篤な場合は胃粘膜と十二指腸が侵され、炎症によりビラン状になり、潰瘍ができる。また肝機能障害、発熱を伴うこともある。数週間から数か月の入院治療が必要な場合があり、過去には死亡例もある。
また、群生して一か所で多量に採れることも重症化の一因ではと思われる。
しかし、少量でも安心はできない。過去にはマグロの刺し身、二切れ程度の大きさのものを食べ、中毒し入院治療を受けた例もある。毒性はかなり強い毒キノコだ。
もっとも、ツキヨタケの持つ有毒成分の量は、猛毒のツキヨタケから、ほとんど毒を持たないツキヨタケまで環境や発生地によって、かなりの差があるという説がある。
今昔物語の別当が中毒しなかったのは、もしかすると毒に強い体質だったわけでは無く、たまたまその地域のツキヨタケの毒性が弱かったからかも知れない。
ツキヨタケの主な毒成分は「イルジンS」で、熱に対して比較的に安定性が高く、100度Cで15分間加熱しても15%程度しか分解されない。さらに水溶性、油溶性の性質を併せ持つため、キノコ自体を食べなくても煮汁などを飲んだだけで中毒する可能性がある。誤って料理に使った場合は、もったいがらずにキノコだけでなく全てを処分したほうが良い。
ツキヨタケはイルジンSの他にも多数の有毒分質を含み、景色が青く見えるなどの視覚異常の症状も現れる事があり、ムスカリンに近い神経系の有毒成分の存在も疑われている。
ツキヨタケの見分け方は?
大きな特徴は縦に切断した柄の基部に黒いシミがあること。よく似たムキタケやシイタケには見られない特徴だ。
しかし、幼菌時の柄の肉には黒いシミは無いか不明瞭、また、成熟してもシミの無いものも稀にある。
発光するキノコとして有名なツキヨタケだが、発光性は強いものでは無く、真っ暗闇でなければ確認することができない。
しかも発生地や環境によるものなのか、理由は不明だが、光らないツキヨタケも少なくない。さらに、幼菌時や成熟した古いものも発光しない。
したがって、発光性はツキヨタケの見分けのポイントにはならない。
結局、柄の形、ツバの有無、カサ表面の色や様子など総合的に判断するしかなく、決定的な見分け方は無い。
それにしても、ツキヨタケはなぜ光るのだろう。
暗闇の中でなにかを誘き出すためだろうか、キノコの発光に関しては虫を誘引するためとかの説はあるものの、理由はよく解っていないという。
正直言うと、私はツキヨタケというキノコが少しばかり苦手だ。深いブナの森の中で、ツキヨタケの幼菌の群れに出会うと、なんだか、こちらを見て口を逆三角にして笑い転げている小鬼のように思えて、ちょっと不気味な気持ちになるのだ。
●ツキヨタケ(※毒※)
学名:Omphalotus japonicus (Kawam.) Kirchm. & O.K. Mill.
【カサ】
径6cm~20cm。扇型から半円形に開き、ときに不正円形。成菌では紫褐色から暗褐色。しばしば黄褐色を交え斑状になる。表面はロウを塗ったようなツヤと質感があり平滑。幼菌は黄褐色で鱗片に覆われる。幼時カサの縁は内側に巻く。
【ヒダ】
弱い発光性があり、汚白色で垂生し、やや疎。幼時のヒダは黄土色で発光しない。
【柄】
太く短く、上部に黒褐色のツバがある。中実。カサの縁に付くか、偏心生。垂直に成長した場合は稀に中心生になる。
【肉】
成菌は類白色で、幼菌は帯黄土色。柄の基部の肉なは黒褐色のシミがある。無味で異臭がある。
【環境】
主に広葉樹、特にブナの枯れ木上に群生。北海道ではトドマツの枯れ木上に発生する。
【食毒】
死亡例もある猛毒菌。主に消化器系の中毒を起こす。
●ムキタケ(食べられるキノコ)
学名:Sarcomyxa serotina (Schrad.:Fr.) P. Karst.
【カサ】
径5cm~12cm。ほぼ半円形。黄褐色だがときに紫色や緑色を帯びる。表面に微毛が密生し表皮下ゼラチン質の層があり、表皮が剥ぎ取りやすい。
【ヒダ】
白色から帯黄白色で密。
【柄】
幼菌時は黄褐色微毛が密生し太短く中実。成熟すると、ごく短くなり不明瞭。
【肉】
白色で柔らかく、無味無臭。
【環境】
秋、ミズナラやブナなどの広葉樹の枯れ木上に群生。
【食毒】
可食。よく似たツキヨタケ(毒)と同じ材上に混生することがある。注意が必要。
●シイタケ(食べられるキノコ)
学名:Lentinula edodes (Berk.) Pegler
【カサ】
直径4cm~15cm。幼時、縁が内側に巻き、饅頭形。のち平に開く。表面、茶褐色から黒褐色。湿り気を帯びるが粘性は無い。初め白色の鱗片が付着するが成長すると消失する。乾燥するとひび割れる。
【ヒダ】
白色で密。湾生から上生する。古くなると褐色のシミを生ずる。
【柄】
上部に消失しやすい綿毛状のツバがあり、下部はささくれて褐色を帯びる。中実。
【肉】
白色で緻密。無味。乾燥すると独特の芳香がある。
【環境】
主にブナ科広葉樹の枯れ木上に群生する。
【食毒】
可食、食用として美味。広く栽培され販売されている。
文・写真/柳澤まきよし
参考/
「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)
「山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ」(山と渓谷社)
「Gakken 増補改訂 フィールドベスト図鑑 日本の毒きのこ」 (長沢英史監修 学研教育出版)
「北陸のきのこ図鑑」(池内良幸著 橋本確文堂)
「キノコの不思議」(森毅編 光文社 カッパ・サイエンス)
「急性胃,十二指腸病変および肝機能障害を呈したツキヨタケ中毒の1例」(日本消化器内視鏡学会雑誌 35 巻 5 号)