にっぽん刃物語「テンカラ名人の腰鉈」~鉈は渓流を楽しく遊ぶための第二の釣具だ~
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    2019.04.03

    にっぽん刃物語「テンカラ名人の腰鉈」~鉈は渓流を楽しく遊ぶための第二の釣具だ~

    刃物の持ち主
    紀州伝承毛バリ技術保持者
    竹株希朗さん
    奈良県生まれ。11歳で毛バリ釣りを覚える。紀伊半島の自然を愛する風流人にして遊びの達人。野外料理の名手でもあり、十八番の自然薯汁は絶品。
    ※ 所属や肩書は取材当時のものです。

    現在の愛用品は鋼に青紙2号を使った刃持ち重視の鉈。アマゴの絵を彫ってもらったが「こっちのほうが高うついた(笑)」。右の魚籠はヤマザクラの皮製で、師匠の山岡さんの形見。

    山奥深くまで分け入り、冷たい水にしか棲まないサケ科の魚を追う渓流釣り。何が起こってもおかしくない源流域で安心して釣りに専念できるのは、いつも腰に鉈を提げているから。鉈は渓流釣り師の頼れる相棒だ。

    糸が軽いほど魚の警戒心が薄れる。元から先まで同じ太さの細い糸を使う竹株さんのテンカラは理に適っているが、それは飛ばすことができればの話。普通の人だと投げてもへなへなと力を失い、ポイントまで届かない。

    虫のように軽い毛バリを、オモリを使わず遠くまで飛ばす毛バリ釣りの秘密は、糸の形状にある。元が太くて先へ行くほど細くなっている。つまり鞭のしなりの原理である。

    リールを使う西洋式のフライフィッシングも、竿の先に直接糸を結ぶ日本伝統のテンカラも、飛ばすための力学は同じだ。ところが、鞭の伝達力に頼らず、元も先も同じ太さの細いナイロン糸だけで、空気抵抗の強い毛バリをいとも簡単に飛ばすテンカラの名手がいる。三重県尾鷲市の竹株希朗さんだ。

    生まれ育ったのは、紀伊半島を縦貫する熊野川源流の東ノ川。当時の東ノ川には伐採した木を筏に組み、下流へ運ぶ筏師がいた。竹株さんにこの独特のテンカラを教えてくれたのは、山岡敏治さんという筏師だった。

    「筏を流したら仕事は終い。帰りは釣りをしながら川をのぼってくるんです。僕ら子供は餌釣りしか知らんかった。毛バリの釣りというものを見たときは手品かと思いました。よう釣れるんです。当時はテンカラではなく、トバシと呼びました。魚持ちをしながら山岡さんの後をついて歩き、見よう見まねで投げ方を覚えたのですよ」

    日本各地に土着のテンカラがあるが、ほとんどは馬素と呼ばれるテーパー状の撚り糸を使う。3mの竿で2倍以上もの長さがある単糸を飛ばす例は、熊野川しかない。これまでテンカラに一家言ある釣り人が何人もこのトバシに挑んでみたが、ほとんどの人が白旗をあげている。

    熊野川が生んだ遊びの文化なのか。山岡さん個人が編み出した技なのか。今となっては継承者の竹株さんもわからない。

    そんな竹株さんが、渓流へ入るときに必ず腰に提げるのが鉈である。山の中で失くしたり、釣り仲間に乞われるたびに入れ替わるが、一貫しているのは土佐の片刃の角鉈であること。

    「角鉈は子供のときから使い慣れた形やで。鉈といえば昔から山国では土佐ものが一番とされています。角鉈は力があるので、少々太い枝でも切れます。火を焚いて飯にしようかというときに便利やし、毛バリが頭上の枝に絡んだときも刃先をチョンと枝に当てれば回収できます」

    もうひとつのこだわりが寸法だ。どのメーカーにかかわらず、6寸5分と決めている。

    「6寸ではどうも頼りない。7寸では重くて歩きにくい。わずか1・5cmの違いですが、使い勝手が全然変わるんですわ」

    歳のせいで足腰が弱ってきた、昔ほど眼も利かんようになったと同行者を笑わせながらも、最初に狙いをつけた淵から、わずか数投でアマゴを抜き上げた。紀州の凄腕伝説は健在だった。

    文/かくまつとむ 写真/大橋 弘

    ※ BE-PAL 2015年6月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 11 テンカラ名人の腰鉈 』より。

    現在、BE-PAL本誌では新企画『 にっぽん刃物語 』が連載中です!フィールドナイフ列伝でお馴染みの『 かくまつとむ&大槗弘 』のタッグでお届けしております!

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