キノコを採って&撮って30年!マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへようこそ!
きのこ狩りというと秋のものと思いがちだが、実はそうでもない。一番種類が多く量も発生するのは、夏の梅雨明けごろ。さらに、季節外れと思われる春にも種類は少ないながら、超美味いキノコがある。
ウメハルシメジは、昔は「シメジモドキ」の名前で呼ばれ、濃厚な旨味とシャキシャキの歯ざわりで、あの匂いマツタケ味シメジで有名なホンシメジに匹敵する美味なキノコとして知られている。
発生時期は、桜が散りはじめる頃から、初夏の日差しに汗ばむ頃まで。同じ春のキノコとして、特にヨーロッパで珍重される「モリーユ」ことアミガサタケの終わりが見え始めたころ、入れ替わるようにウメハルシメジは盛りを迎える。
名前にウメの字が付くとおり、主にウメやモモの樹下に発生し、梅林には大群生することがある。特に手入れが行き届かなかったり、放置されて下草が多い梅林を好むようだ。
ウメハルシメジは一応、菌根菌(きんこんきん)で、ウメやバラ科果樹に菌根を形成して共生している。一応といったのは、ハルシメジ類の菌根が他の菌根菌とは違う、ちょっと特殊な生態のだからだ。
多くの菌根菌は、雑草が少なく下草の無い開けた環境を好む。例外的にウメハルシメジが雑草に覆われた環境を好むのは、このキノコの菌根が他のキノコとは違う独特の生態を持つためかも知れない。
梅林に群生した、ウメハルシメジを観察していると、不思議に思うことがある。ところどころに、フェアリーリング(菌輪)と思えるように、円形に並んで発生している場所があるのだ。
普通こういうフェアリーリングは、土中の植物性有機物を分解して生活する腐生菌(ふせいきん)の特徴だ。一方、菌根菌は大きく樹木の根本を取り巻くように発生することが多い。
実はハルシメジの菌根は、「ハルシメジ型菌根」と呼ばれる独特のものだ。通常の菌根と違い、ずっと樹木と共生して添い遂げるのではなく、冬からキノコが発生する春までの一時期しか菌根を形成しない。他の時期はむしろ腐生菌的な生活を送っている。
複雑で難しい生活史をもつウメハルシメジの生態だが、擬人化して見るとわかりやすいかも知れない。
梅子さんと、春しめじの物語
梅子さんは近所でも評判の気立てが良く純朴な女性だった。初冬のある日、近所に住む男、春しめじが、梅子さんに声をかけてきた。
優しげな言葉と、時々もらうプレゼント、梅子さんは春しめじに心を開き、程なくして二人は付き合うようになる。
(ハルシメジの菌糸はウメと菌根を作るに当たって、ごく最初は普通の菌根菌と同じように共生関係を結ぶ)
付き合い初めてしばらくすると、春しめじはそれまでの優しかった態度から豹変。無理やり梅子さんの部屋に住み着き、自身はぶらぶら遊んでばかり。まったく働こうとせず、梅子さんの稼いできたお金(栄養)を取り上げる搾取の日々が始まる。春しめじはとんだヒモ男だったのだ。
(ウメの根の先端の表皮を破壊し、根の内部に侵入、一方的に栄養分を搾取する寄生状態へ変化する)
春しめじは、梅子さんから取り上げたお金(栄養)を使って、梅子さんに隠れてキノコを作っていた。春になり、キノコが成長し、胞子を放出してしまうと、春しめじにとって、梅子さんは用済みになる。春しめじは梅子さんを捨て、また自由気ままな生活に戻っていった。
(ハルシメジの菌根は、キノコが発生し胞子を放出すると衰退、分解して消え去る)
ウメハルシメジは男の…いや菌根菌の風上にも置けないキノコだったのだ。
でも、梅子さんは捨てられても、春しめじが忘れられない。また来年冬が来て、春しめじに優しい言葉をかけられると、また、つい騙される。
もうずっと長い間、毎年毎年、梅子さんと春しめじの物語は繰り返されてきた。
男と女、切っても切れない縁がある。…end
ウメハルシメジが発生しても、ウメの木の樹勢が衰えることは無い。寄生状態が短期間なためと、樹木周囲の有機物を分解するため、木にとって栄養を取りやすい状態になる。樹木にとっても一定のメリットはあるのだろう。
ところで、梅園でウメハルシメジの近くに一緒に発生するキノコがある。ウメウスフジフウセンタケと呼ばれるこのキノコは、不思議なことにウメハルシメジが無いところには発生しない。
春、梅林にハルシメジと一緒に生えているキノコ
●ウメウスフジフウセンタケ(食べられないキノコ)
学名:Cortinarius prunicola Miyauchi & His. Kobay.
【カサ】
直径2cm~5cm 半球形から平に開く。表面は、初め紫白色のち黄土色になり、平滑。
【ヒダ】
幅広く上生しやや疎。淡紫白色のち錆褐色。
【柄】
下方に太く、中実~髄状。ときに一部中空。表皮下表面色を帯びる。幼時、紫白色のち黄褐色を帯びるが上部は長く紫色をとどめる。
【肉】
表皮下、表面色を帯び、カサ部は類白色~汚白色。柄の上部は中心部が類白色で周辺部は紫色を帯びる。柄の下部の肉は、淡黄褐色~黄褐色。不快臭がある。
【環境】
春~初夏、梅林地上やバラ科樹下にハルシメジ類とともに発生。
【食毒】
食毒不明
ウメウスフジフウセンタケの発生量が増えた梅林では、ウメハルシメジの発生が止まるという。菌糸に寄生するためとか、菌糸を食べて養分にしているからとかいう説もある。
しかし、全て憶測にすぎず、本当のところ、なぜこのキノコが発生すると、ウメハルシメジの発生が止まるのか、その原因はよく分かっていない。
ウメウスフジフウセンタケが増えると、ハルシメジがいなくなる理由。
もしかすると、その本当の理由と真実を知っているのは、あの梅子さんだけ…なのかも知れない。
キャンプでも楽ちん。ハルシメジの簡単、美味い一皿。「ウメハルシメジのバター炒め」
味や香りに癖のないハルシメジは、下ごしらえに特別な手間をかけること無く、すぐに調理して食べられるのも魅力の一つだ。
ハルシメジは油との相性が良い。炒めものがイチオシ料理法だ。
コツは洗って土や砂などの汚れを落としたハルシメジの水気をよく切って置くことと、調理前に手で縦に二つに割いて置くこと。
火が通りやすくなるだけで無く、ハルシメジの旨味が出やすくなり、断面のザラザラにはバターなどの調味料が絡みやすくなる。
作り方は簡単。はっきりいって料理というほどのものでもない。青梗菜やパプリカとバターで炒め合わせ、塩胡椒で味を整えるだけ。もちろん、ベーコンやハムなどを入れても良い。
旨味が強く、油と相性がいいハルシメジはこれだけで十分美味い。シャキシャキした歯ざわりが心地良い。
苦みばしったフキノトウ、爽やかな菜の花そしてシャキシャキの筍。春の味覚はたくさんあるが、その中に春キノコを加えてみてはどうだろう。きっとあなたの食生活に楽しい新しい世界が広がるはずだ。
●ウメハルシメジ(食べられるキノコ)
学名:Entoloma saepium(Noulet & Dass.) Richon & Roze
【カサ】
直径、約4cm~12cm。円錐形から中央部が突出した平に開く。成熟するとカサの周囲が乱れ波打つ。表面は繊維状で灰色、帯灰褐色。吸水性は無い。
【ヒダ】
直生~上生~湾生気味上生。やや疎。初め白色、のち淡紅色。
【柄】
下方が太く、中実。表面はカサと同色かやや淡色で、繊維状。基部に白色菌糸を付ける。
【肉】
白色、無味。弱い粉臭がある。
【環境】
春から初夏、梅林に発生。モモ、リンゴなどの樹下にも発生するが、広義のハルシメジにはタイプの違う複数の種が含まれ、それぞれ同一種かどうかの検討が必要。
【食毒】
可食。生食は厳禁。
【その他】
ノイバラなどバラ科樹下に発生する、「ノイバラハルシメジ(食)学名:Entoloma clypeatum」という近縁種がある。
ウメハルシメジとの違いは、より小型で華奢、カサの表面に吸水性があり、より色が濃く褐色であること。同様の菌がサクラ樹下にも発生するが、同一種かどうかは検討が必要。
これらと、まだ良くわかっていない他の樹木に発生する種を加え、ハルシメジ(広義)とする場合がある。
ハルシメジに似た毒キノコ
●クサウラベニタケ(※毒※)
学名:Entoloma rhodopolium (Fr.) P. Kumm
【カサ】
直径3~10cm 半球形から平に開く。周囲は老成すると反りかえる。表面は吸水性で平滑、灰色から灰褐色。湿時に短い条線を表し、乾燥時は絹糸状光沢があり繊維状。
カサの中心部がやや盛り上がることがあるが、ハルシメジほど突出しない。
【ヒダ】
直生~上生。カサが反り返ると柄から分離する。初め白色のち淡紅色を経て肉色。ヒダの縁は不規則に乱れ鋸歯状。
ヒダが成熟すると肉色になるのは、ウメハルシメジと同様。イッポンシメジ属の特徴の一つ。
【柄】
上下同径からやや下方が太く、中空から髄状。表面は白色で、上部粉状で下方は繊維状。淡い条線がある。
【肉】
表皮下、表面色を帯び白色。弱い粉臭があり無味。
【環境】
夏から秋、ブナ科樹下に発生。広義のクサウラベニタケと思われる菌は針葉樹林にも発生する。
【食毒】
有毒。消化器系中毒を起こす。
文・写真/柳澤まきよし
参考/
「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)
「原色日本新菌類図鑑」(今関六也、本郷次雄編著 保育社)
「北陸のきのこ図鑑」(池内良幸著 橋本確文堂)
「山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ」(山と渓谷社)
「日本産ハルシメジ類の菌根の形態及び生態とその利用に関する研究」(小林久泰著 学位論文 つくばリポジトリ)