あま~い香りの森の芳香剤!「ニオイカワキタケ」とキノコの匂いのお話
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    2019.03.30

    あま~い香りの森の芳香剤!「ニオイカワキタケ」とキノコの匂いのお話

    キノコを採って&撮って30年!マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへよこそ!

    ニオイカワキタケの成菌。成熟すると柄はごく短くなり、ほとんど見受けられない。

    森の中を散策していると、ふいにトイレの香りがすることがある。とはいっても、汲み取りトイレのあの臭いではない。トイレや洗面所に置いてある、消臭芳香剤のこめかみにツンとくる、頭痛がしそうなあの香りだ。

    鼻腔をくすぐる甘い匂いがしたら、たぶん数メートル以内にあるキノコ、それがニオイカワキタケだ。

    最初に出会ったときは、これが本当にキノコの臭いかと、驚いたものだ。自然界にある香りとしては、あまりにも人工的な、とても生物の発するものとは思えない場違いで強烈な香りだったからだ。

    ニオイカワキタケの幼菌。幼菌時から、すでに強力な芳香を放っている。

    実は、こういう芳香を発するキノコは、強弱に差はあるけれど、ニオイカワキタケ以外にもいくつかある。

    食用にされるキノコで、キノコらしからぬ香りを持つものというと、アンズタケが有名だ。甘い果物のアンズ様の香りがあり、海外でジロールと呼ばれ珍重されている。

    しかし、アンズタケの香りはここまで強烈では無い。鼻を近づけて、時には指先で潰してもまなければ、香りの確認が難しいこともある。さらに、ニオイカワキタケのような人工的なものでもない。

    アンズタケは美味そうな臭いだが、ニオイカワキタケは……たぶん口に入れてはいけないもの。人工的なやばいもの、そういう感じがする。

    ニオイカワキタケと同じような香りのするキノコとしては、アプリコット系芳香剤の強烈な芳香があるニオイハリタケ(不食)や、桜餅の香りと評されるアオイヌノシメジ(食)などがある。

    ニオイカワキタケのように芳香剤の香りがするキノコ

    ●ニオイハリタケ(食べられないキノコ)

    学名:Hydnellum suaveolens (Scop.) P. Karst. 

    ウラジロモミ林に発生した若いニオイハリタケ。甘酸っぱい香りがあり、アンズ様の香りと表現している図鑑もある。

    【カサ】

    幼時、白色で表面の凹凸やシワがはなはだしく、トサカ状~コブ状。2~3個ほどが癒着して発生することも多い。

    成長するにつれ、表面の凹凸は多少平坦になり、中央部がやや窪んだ皿型に開く。中央付近は淡茶褐色、周囲は青みを帯びる。カサの周囲は薄くならず鈍縁で白色。カサの下面は、灰青色のち灰褐色の無数の針に覆われる。

    カサの直径、約5cm~12cm。全体の高さは、約3cm~10cm。

    【柄】

    太く短く、灰青色~暗青褐色。柄の上部まで針が覆う。

    【肉】

    カサ部は皮質で、上層は柔らかく、下層は硬い。断面に青藍色の環紋を現す。柄部は硬いコルク質で、断面には表面色と同色の環紋がある。

    アンズ様と表現されることもある、家庭用芳香剤のような甘酸っぱい強い臭いがある。

    【環境】

    秋、ウラジロモミなど針葉樹林地上に、群生、散生。

    【食毒】

    硬く、食用不適。

    ニオイカワキタケなどの、自然にはありえないほどと思えるほど強いキノコの香りが、何のために役立っているのかは、今のところよく分かっていない。

    一説には、虫を寄せ付けないためとか、逆に胞子を運ばせるために虫を呼ぶのだとか、病原菌から我が身を守っているからではとか、推測はいろいろあるけれど、どれも決め手にはかける。

    植物に関する最近の研究では、多くの樹木は葉などから出した芳香成分や科学物質で、周囲の仲間と情報の伝達を行なっているという。

    害虫に襲われた植物が、周りの仲間に敵の存在を伝える。そうすると、周囲の仲間の植物は体内に害虫が嫌う成分を増やすという。動けない植物にも、動物や人間と同じような、コミュニケーションがあるというのだ。

    キノコにも、樹木と同じようなコミュニケーション能力があってもおかしくはない。

    もしかすると、ニオイカワキタケは、甘い芳香で、仲間や周りの生き物たちになにかを囁いているのかも知れない。

    でなければ、あんなに遠くまで甘い香りを届ける必然が感じられないからだ。

    匂いで昆虫と会話しているのかも? 匂いで昆虫を呼び寄せて、胞子を運んでもらうキノコたち

    ニオイカワキタケなどが、鼻をくすぐる甘い良い香りを出す理由、それは、よく分かっていない。

    一方、こちらのほうが、むしろ多数派なのだけれど、鼻をつまむほど臭っさ~い匂いのキノコのほうは、匂いの目的がはっきりしている。

    そんな臭いキノコの中でも、肉の腐ったような悪臭を発する、腹菌類のスッポンタケやその仲間は、種の拡散のほとんどすべてを昆虫に頼っている。

    スッポンタケが胞子を作っているのは、カサの表面を覆った濃い緑色の粘液状の、グレバと呼ばれる部分だ。このような状態のものが容易に風で飛ぶはずもなく、ハエなどの昆虫に頼るしか胞子を飛散させる方法はない。

    ハエ類の食欲と胞子の運搬能力は絶大で、普通グレバは、わずか二、三時間で全て舐め尽くされ、カサは真っ白になってしまう。

    不思議なのは、スッポンタケの臭いグレバに関心を示すのは、ほとんどハエの仲間ばかりで、ほかの腐肉を食べる昆虫がまったくと言っていいほど無関心なこと。

    スッポンタケと同じ腹菌類のキヌガサタケ(食)のレース部分を食べるベッコウヒラタシデムシ。なぜか頭部の腐肉臭のあるグレバにはまったく関心を示さない。

    スッポンタケは、やみくもに昆虫を呼び寄せるのではなく、自分に都合のいい相手を選んで、ちゃんと呼び分けているのだろう、そんなふうに思えて仕方がない。

    腐肉の臭いでハエを呼び寄せるキノコ

    ●スッポンタケ(食べられるキノコ)

    学名:Phallus impudicus L.

    スッポンタケのグレバ(胞子をつくる粘液状の器官)を舐めるハエの仲間。

    【形状】

    幼時、半地中性で球形~卵型で、直径4cm~6cm。内部はゼラチン状。成熟すると頭部が破れ、カサと柄を伸ばす。

    【カサ】

    釣鐘型~円錐形。表面は隆起した網目状で、暗緑色の粘液状で、腐肉様の強い悪臭のあるグレバが覆う。

    【柄】

    表面は白色で肉薄く、中空。基部に卵状だった名残のツボがある。

    【肉】

    カサ部はごく薄く、柄部は粗いスポンジ状。

    【環境】

    梅雨~秋。竹林や庭園、林内の肥沃な場所に発生。

    【食毒】

    可食。グレバを洗い流し、ツボを取り除いて調理。

    さまざまな種の昆虫を呼ぶ、ヒトクチタケをめぐるとっても複雑な生態系

    キノコの香りで誘われるのは、ハエの仲間だけではない。甲虫類、蝶類、蜂など、さまざまな昆虫がキノコに呼び寄せられて、キノコと関わって生きている。

    樹脂臭と干物の匂いの混じったような強い悪臭で、主に甲虫類を呼び寄せ、複雑な関係を結んでいるのが、枯れたマツの幹に普通に見られる硬いキノコ、ヒトクチタケだ。

    甲虫と生態的関係が深いキノコとして知られ、穿孔虫と呼ばれる樹木の害虫で、生木や枯れ木の内部を食い荒らすキクイムシ類などの成虫が脱出した孔から発生することが知られている。

    しかし、ヒトクチタケの胞子を、マツの幹の奥深くに持ち込むのは、キクイムシの仲間ではない。胞子のキャリアは、キクイムシの天敵の肉食、捕食性の甲虫類だという。

    ヒトクチタケは、他のキノコには無いユニークな構造のキノコで、カサの下面に丸く口が開き、内部は空洞、逆さにしたドーム球場のような構造で、上部の天井に当たる部分に胞子放出する管孔が並んでいる。

    ぽっかり開いた口からは、樹脂臭と干物の匂いの混じった、強烈な口臭が漂い、キノコを食べる菌食性の虫を招き寄せる。集まった虫はヒトクチタケを食べ、ドームの中で暮らしていく。

    もうすぐ開きそうな小孔部にやってきたカブトゴミムシダマシ。ふさがっている小孔の部分は柔らかい。ヒトクチタケ内部の空洞に卵を生み、幼虫は内部で成長し、やがて成虫になって出てくる。柔らかい幼虫は、捕食性の甲虫類で、キクイムシの仲間の天敵、例えばオオコクヌストなどの格好の餌食になる。

    ヒトクチタケの内部の虫を狩るためにドーム内にやってきた捕食性の甲虫はキクイムシの天敵でもある。天井から降り注いだ胞子を体に付着し、また食べた虫ごと体内に取り込んで、やがてキクイムシなどのトンネルの奥深くに潜っていく。

    実はヒトクチタケと甲虫類の生態的な関係はまだよく分かってはいない。多分に推測を交えてだが、恐らくこういったシナリオで、ヒトクチタケの胞子が樹木の奥深くまで入って行くのだろうと思う。

    臭いで甲虫を呼び寄せるキノコ

    ●ヒトクチタケ(食べられないキノコ)

    学名:Cryptoporus volvatus (Peck) Shear

    分子系統学による新分類で、旧分類の多孔菌科から別れたタマチョレイタケ科に属する。旧、多孔菌科にはサルノコシカケの仲間などが含まれる。

    【形状】

    初め、類球形でトチの実に似る。成長するとやがて、下面に口が開き、内部が空洞のひっくり返した浅いツボ型。内部の上面に胞子をつくる管孔がある。

    【カサ】

    上面は黄褐色~栗褐色。ニスを塗ったような光沢があり平滑。下面は淡黄褐色~類白色の皮質。周囲にカサ表面の破れた破片を圧着する。成熟すると、基部付近にそれまで無かった1cm~2cmほどの小さな口が開く。

    【管孔】

    下面の膜に覆われた空洞無い上部にあり、乳白色。孔口は小型で灰色。

    【肉】

    類白色~汚白色で、硬くコルク質。松脂臭と魚の煮干しのような臭いがある。

    【環境】

    枯れてから1年以内の、マツに群生。マツクイムシの被害地などに普通。マツの害虫の穿孔虫(マツノキクイムシなど)の成虫の脱出孔から発生する。

    また、ヒトクチタケの菌糸はマツクイムシの病原のマツノザイセンチュウを捕食することが分かっている。

    森の中を歩いていると、ふと、ここにはキノコがありそうだと思うことがある。近くに特別に強い香りのキノコが無くても、なんとなくキノコがありそうな匂い、香りが漂って鼻をくすぐるのだ。

    樹木や下草の葉や樹皮からの香り、土の香り、動物の香り。

    森を漂う香りのブロードバンド。匂いを通して様々な生物が情報をやり取りしている。

    キノコの芳香も、森の住人が情報を共有するための、いわば森のインターネットの一部なのだ。

    【食毒】

    食毒不明。食用に不適。

    ●ニオイカワキタケ(食べられないキノコ)

    学名:Lentinus suavissimus Fr.

    形は生育環境によって大きく変化する。

    【カサ】

    直径、約3cm~6cm。中央部が凹んだ饅頭形から漏斗型、茶碗型に開く。成熟すると、類円形、半円形。幼時、縁が内側に巻き、成熟すると周辺部が不規則に波打つ。

    表面は、淡黄色~橙黄色。平滑で、しばしば放射状の不明瞭な条線に覆われる。

    【ヒダ】

    柄に長く垂生し、やや疎。白色のち帯黄白色。

    【柄】

    中心性~偏心生、ときにほぼ側生する。太短く白色~ヒダと同色。表面に浅い凸凹があり、基部は褐色を帯びる。

    【肉】

    白色で強靭。カサ部は薄い。家庭用芳香剤を思わせ強烈な香りがある。

    【環境】

    夏~秋、広葉樹の枯れ木上に群生する。やや稀。

    【食毒】

    食用に不適。

    ニオイカワキタケに似た食べられるキノコ

    ●タモギタケ(食べられるキノコ)

    学名:Pleurotus cornucopiae (Paulet) Rolland var. citrinopileatus (Singer) Ohira 

    【カサ】

    直径、約2cm~8cm。饅頭形から漏斗型に開く。表面は平滑でやや吸水性、鮮黄色~淡黄色。

    【ヒダ】

    柄に長く垂生し、白色~淡黄色。やや疎。

    【柄】

    ヒダと同色で中実~髄状。基部で数本が融合し株状になる。

    【肉】

    白色で無味、弱い粉臭がある。

    【環境】

    広葉樹、特にハルニレの枯れ木材上に、束生、群生。

    【食毒】

    可食。北海道で特に好まれる。

    文・写真/柳澤まきよし
    参考/
    「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)
    「原色日本新菌類図鑑」(今関六也、本郷次雄著 保育社)
    「山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ」(山と渓谷社)
    「北陸のきのこ図鑑」(池内良幸著 橋本確文堂)
    「マツ材線虫病にみる病原体と伝播昆虫, それらを取り巻く菌類の関係」(前原紀敏著 日本森林学会誌 94 巻 (2012) 6 号)
    「様々な情報に対する植物の応答—信号化学物質の機能について」(大平辰朗著 におい・かおり環境学会誌 / 40 巻 (2009) 3 号)
    「ヒトクチタケを利用する昆虫群集の地理的パターン」(門脇浩明、山添寛治著 昆蟲.ニューシリーズ / 14 巻 (2011) 2 号)
    「菌類とキクイムシの関係」(升屋 勇人、山岡 裕一著 日本森林学会誌 / 91 巻 (2009) 6 号)

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