キノコを採って&撮って30年!マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへようこそ!
ナラタケは美味い。
美味いのだが、実は私はナラタケがあまり得意ではない。味が嫌いなわけではない。むしろ味に関しては、好きなキノコの上位に入るだろう。
苦手というのは、私は二度ほどナラタケに当たったことがあるためなのだ。
一度目は秋田の民宿で、二度目は北陸の山の宿で、朝食の味噌汁を、あまりに美味かったのでお替りして食べた後、1時間ほどで気分が悪くなって、山歩きの最中に吐いてしまった。
いったん戻してしまえば、後はスッキリしてなんてことも無い、ごく軽い中毒なのだが。それでもこういうことがあると、やはり食べる時には若干警戒するようになる。
ナラタケは家でもよく食べるキノコだが、この時まで当たったことは無かった。家では柄を切り取って、カサだけを料理するのだが、宿では柄ごと味噌汁の具にしてあった。
ナラタケの柄は歯ざわりがいいものの、かなり硬い。どうやら、この柄の消化不良で気分が悪くなったというのが本当のところらしい。
ただ、一緒に宿の朝食を食べた友人らには、なんにも無かったのだから、食べる人の体質などにも影響されるのかもしれない。
そもそも、きのこ狩りでいうところのナラタケが一種類と思われていたのは昔の話で、今はナラタケを含め、キツブナラタケ、オニナラタケ他、数種類の食用になるナラタケの仲間の総称になっている。しかも最近は分類が細分化し、新種も発見されて、さらに数が増えているという。
もしかすると、たくさんあるナラタケ仲間の中に、消化不良など、軽い中毒を起こしやすい系統のモノがあるのかも知れない。
ちなみに、ナラタケとキツブナラタケの二種は、秋ほどたくさんは採れないが春にも発生する。
●キツブナラタケ(食べられるキノコ)
学名:Armillaria sp.
宿で食べたナラタケが、なにナラタケなのかは、味噌汁になってしまっていたので、さすがに見極め不能だ。
あの時、種を確認できていれば、その後、中毒を避けるための参考になったと思う。
私のように一度当たったことのある人は、体質が合わない可能性もある。その後も一応は注意をして食ベたほうが安全だろう。
そうはいっても、やはりナラタケが超美味いキノコであることには違いが無く、東日本を中心として、きのこ狩りでの人気も高い。特に北海道ではボリボリの愛称で親しまれ好まれ、熱狂的なファンもいると聞く。
ナラタケの美味しい食べ方は?
ナラタケは汁物と相性が良いキノコだ。味噌汁はもちろん鍋物などにも、旨味の強い出汁が出て、ゴボウなど秋の香りの強い材料にも負けることがない。
汁ものならば、ほとんど万能に使えるキノコだが、我が家では、けんちん汁や郷土料理の「ほうとう」などに入れることが多い。
野性味が出て、山の幸を頂いているという実感のある味になる。きのこシーズンには必ず一度は食べたい(懲りずに)と思う、季節の味だ。
ナラタケ大漁!だが実は困ったことでもある。
美味いキノコがたくさん採れるのは嬉しい、しかしナラタケの大漁には喜んでばかりはいられない事情がある。
ナラタケは枯れ木を分解する、木材腐朽菌の一種だ。しかし、枯れ木ばかりではなく、生きた樹木の根の弱った部分に寄生する樹木の病気「ナラタケ病」の病原菌として知られている。
ナラタケは、細い菌糸を土中の栄養物の間に伸ばす多くの腐生菌とは違って、まるで植物の根や、針金のような太い菌糸束といわれる菌糸の束を地中に縦横無尽に張り巡らしている。
菌糸束が樹木の根の、弱ったり傷ついた場所に接触すると、そこから侵入し樹木を弱らせ、やがて本体に取り付いて樹木を枯らしてしまう。
ナラタケ病に侵される樹種は、マツ、カラマツなどの針葉樹から、サクラやカエデ、ブナなどの広葉樹、リンゴやナシなどの果樹など幅広い。以外なところでは、ニンジンやジャガイモなんて野菜にも寄生する。
日本では、主にカラマツ林やヒノキ、マツなどの植林地に、たびたび林業被害をもたらしている。
特に、青森県東北町では、オニナラタケによるナラタケ病が発生し、1000ヘクタールにわたるアカマツ林の5割の木に感染(1988年当時)するという、大規模な森林破壊が問題になっている。
●オニナラタケ(食べられるキノコ)
学名:Armillaria ostoyae (Romagn.) Herink
樹木から栄養を盗みさらに殺してしまう。強盗殺人犯のように凶悪なナラタケだが、その盗人の上前をハネる、さらに悪辣な植物がある。
無葉緑素のランの仲間。ツチアケビとオニノヤガラは、ナラタケの菌糸束に寄生的に共生して栄養を奪っている。
自然界も因果応報。奪うものがさらに奪われる、諸行無常は、まさに世の断りかもしれない。
地面に潜むモンスター、地球上で一番の巨大生物はナラタケだって?!
1992年、世界的に有名な科学雑誌「ネイチャー」に、アメリカのミシガン州の森林に発生(生息)しているワタゲナラタケが、世界で最大の生物であるという論文が掲載された。
もちろん、ゾウやクジラのような大きさのキノコが発生していたわけではない。これは、あくまで菌糸を含めた、地中に広がるキノコの総量に対しての話だ。
このワタゲナラタケは、15ヘクタールに及ぶ広葉樹林内に発生し、発生地内で調査した結果、全てのサンプルの遺伝子情報が一致したという。
地中に広がるキノコの菌糸が同一の個体のものだと、推定されたのだ。もちろん菌糸が途中で途切れ、コロニーが分かれていないと仮定した話だが。
この発生地内の土中にはびこる、ワタゲナラタケの菌糸束の密度を計算し、総面積で乗じたところ、このキノコの総体としての大きさは、なんと10トン。
樹木の中に入り込んで入る分も加えると、推定100トンにもなるのではという。
さらに、菌糸束の成長速度から、15ヘクタールに広がるのにかかる時間を計算すると、1500年。つまり、このワタゲナラタケの年齢は1500才になる。
●ワタゲナラタケ(食べられるキノコ)
学名:Armillaria gallica Marxm. & Romagn.
世紀の発見から、わずか6年後。やはりアメリカのオレゴン州東部で、さらに大きなキノコが発見された。
そのキノコはやはりナラタケの仲間の「オニナラタケ」今度は890ヘクタールに渡って発生し、推定される重量は600トンあまり、推定年齢は2400才。
森にぴょこぴょこ生えているキノコの姿からは想像できない、なんとも壮大な話だが。
ところで、前述した青森県で森林被害をもたらしているオニナラタケの件。オレゴン州を上回る、1000ヘクタールにわたってナラタケ病が発生している。
もしかすると、世界最大の巨大生物は、日本の青森の地下に眠る怪獣?モンスターなのかもしれない。
●ナラタケ(食べられるキノコ)
学名:Armillaria mellea (Vahl. :Fr.) P. Kumm. s. l.
【カサ】
直径、約4cm~10cm 中高の扁平から皿型に開く。幼時は帯黄土色の綿毛状片鱗に覆われる。
成長すると淡褐色~茶褐色。表面は平滑で周囲に条線があり、黒褐色の細鱗片に中央ほど密に覆われる。
【ヒダ】
垂生し疎。初め汚白色、のち帯褐色。老成すると赤褐色のシミができる。
【柄】
上下同径~下方にやや太く、上部に黄色の膜質のツバがあり、中実。ツバより上部にはヒダにつながる条線があり、ツバより下は繊維状、だんだら模様をなす。基部は汚黄褐色を帯びる
【肉】
白色で脆く、弱い渋みがあり無臭。
【環境】
秋、稀に春。枯れ木上や地上に群生、束生。生木の根に発生し、深刻な病害を引き起こすことがある。
【食毒】
美味なキノコとして知られるが、生では有毒。生食厳禁。
ときどき中毒の報告があるナラタケの仲間。
●ナラタケモドキ(注意が必要なキノコ)
学名:Armillaria tabescens (Scop.) Emel
【カサ】
直径、約2cm~10cm 饅頭形から扁平の平、浅い皿状に開く。黄褐色~茶褐色。中央部ほど密に、褐色細鱗片が密生し、やや粗面。長い条線がある。
【ヒダ】
白色のち汚褐色で、垂生し疎。老成すると赤褐色のシミを生ずる。
【柄】
上下同径~下方に細く、繊維状。カサと同色、やや淡く、上部にヒダに続く条線があるが、ツバは無い。成熟につれて、下方から暗色化。
【肉】
脆く、白色~淡肌色。無味無臭。
【環境】
夏~秋、広葉樹の枯れ木や、樹勢の衰えた木の根際に束生する。
【食毒】
可食と言われるが、たびたび中毒の報告があり、十分な注意が必要。生食厳禁。
カサの褐色の大型ものと、帯黄褐色の小型のものなど複数の菌があり、命に関わるほどではないものの、手痛い消化器系中毒を起こすタイプの存在が疑われている。
写真は、大型タイプの若い菌。
文・写真/柳澤まきよし
参考/
「日本のキノコ262」自著 文一総合出版
「キノコ図鑑・撮れたてドットコム」
「北陸のきのこ図鑑」池内良幸著 橋本確文堂
「きのこの100不思議」日本林業技術協会編 東京書籍
「山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ」山と渓谷社
「森林における菌類の生態と病原性―ナラタケの謎」鈴木和夫著 森林科学 / 17 巻 (1996)
「ナラタケ属菌とオニノヤガラの共生関係について(会員研究発表論文)」車柱榮 Maria Catarina Megumi KASUYA 五十嵐恒夫 日本林学会北海道支部論文集 / 41 巻(1993)