※ 所属や肩書は取材当時のものです。
キノコ狩りにナイフが必要だというと、怪訝に思う人もいるかもしれない。たしかにナイフがなくてもキノコは採れるが、腕に覚えのある人は、たいてい専用のナイフを持つ。貴重な山の恵みを、最高の状態で味わうためだ。
「カサの内側のひだに土が入ると、取るのがたいへん。しつこく洗えばキノコを傷めてしまう。だから現場でブラシのついたナイフで最低限の掃除をします。水洗いするなら調理の直前で、これらは人に任せない。最後の食毒の見極めになるからです」
蜂須賀公之さんは、採集籠を足元に下ろすと、愛娘の髪を梳る父親のような手つきで、キノコの下ごしらえを始めた。
菌類の面白さに目覚めて四半世紀。アミガサタケの分類にはまっていた時期もあるほどのキノコ好きだ。惹かれる理由は、ファンタスティックなところ。世界には多種多様のキノコが分布し、それぞれがビジュアルに富んだ存在感を持つ。分類不明の種類も多く、過去の常識がどんどん塗り替わっているエキサイティングな世界だという。
そしていちばんの魅力は、食味である。都立公園を管理するレンジャーであると同時に、アウトドア料理のエキスパートでもある蜂須賀さんをこの道へ導いたのも、キノコだった。
「美大を卒業して、バンドをやってたんです。合宿で田舎へ行き、煮詰まると釣りをしたり山の中を歩いたり。ある日、民宿の台所を覗いたら大量のキノコがあって、電気が走るような感動を覚えたんですよ。おばさんに聞くとナラタケだという。どんなところに生えるのかだけを聞いて次の日山へ入ったら、大群落に遭遇して。民宿に持って帰ると、筋がいいねと褒められました。じつは僕が生まれる2年前に亡くなったおじいちゃんがキノコ名人だったそうで。やっぱり血ってあるのかな」
この日よく採れたのはハタケシメジ。林道脇の土場跡に群生していた。つまり、かつて木の搬出作業が行なわれた場所だ。
「ハタケシメジは埋もれ木から出る腐生菌です。森の中ばかりでなく、こういう場所もつねにチェックしておくと出会えます。キノコ採りも釣りと同じで、相手の生態を押さえたうえで推理することが大事です」
夏の終わりに出るチチタケも、季節外れだが数本採れた。
「これはラッキー。チチタケは大好きなキノコなんです。時間をかけて熱を通すほど味の出るキノコです。刻んでひき肉とじっくり炒め、螺旋型のショートパスタに押し込むように絡めると、最高においしいですよ」
キノコ料理を語るときの蜂須賀さんの眼は、とろけそうなほどうっとりしている。つねにザックに入れてあるブラシ付きのキノコナイフは、一期一会の食材をベストな状態で持ち帰り、存分に腕を振るって味わうための調理道具なのだ。
文/かくまつとむ 写真/大槗 弘
※ BE-PAL 2015年12月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 17 キノコ狩りナイフ 』より。
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