蜂蜜が最初の動機だけど…
ニホンミツバチの飼育を始めた人の最初の動機は「甘い蜂蜜が採取できるぞ」という打算です(断言してよいでしょう)。
けれど、用意した巣箱に初めて野生群が入居した日の感動を味わい、忙しそうに出入りし、花粉を足にいっぱいつけて帰ってくる様子を眺めていると、蜂蜜への期待よりも「愛おしい」という感情のほうが強くなってきます(じつは私もそのひとり)。
ニホンミツバチ用巣箱を独自に考案した養蜂家
BE-PALの野外道具特集でお世話になった長野県諏訪市の岩波金太郎さんも、そんなミツバチ愛が全身からあふれ出ている人でした。
岩波さんは「か式」というニホンミツバチ用巣箱の考案者として知られています。
ニホンミツバチの巣箱には、自然の樹洞を模した丸太式のものから、板を打ち付けて作った角型、さらにはミツバチが巣の上部に蜜を貯える習性を利用し、上下切り離しにできる重箱方式などさまざまなタイプがあります。岩波さんも、ひと通りの方法を試してきたといいます。
繊細な在来種。気に入らないと巣を捨て逃去
ニホンミツバチは、ごぞんじのように日本在来の野生ミツバチ。セイヨウミツバチに比べると体が小さく行動半径も狭いため、採蜜能力は高くはありません。
性格が温和で扱いやすい反面、気に入らないことがあると群れごと巣を捨て逃げていく「逃去」というやっかいな行動もあります。
従来式の巣箱の欠点
逃去は、日頃の観察態度や蜜の採取が引き金になることもあります。従来式の巣箱の宿命は、内部をよく確認できないため採蜜時に巣を大きく破壊してしまうことです。
逃去を誘発しやすいだけでなく、あふれた蜜に必ず何匹かの蜂が絡め取られて死んでしまいます。岩波さんは、これが悲しくてたまらなかったと言います。
セイヨウミツバチの巣箱を参考に新式巣箱を開発
愛おしい蜂たちを1匹も殺したくない。そんな気持ちからたどり着いたのが、セイヨウミツバチの「ラ式巣箱」(ラングストロース式)を参考にした横長の巣箱でした。
セイヨウミツバチもニホンミツバチも巣の基本構造は同じで、両面に6角形の穴を持った「巣脾」(すひ)と呼ばれるディスク状の巣盤が規則正しく並んでいます。ディスクの基礎となる人工板(巣礎)を四角い可動式の木枠に挟み、そこへ6角形の巣を作らせるというのが「ラ式」のアイデアです。
この方式にすると蜜の重みや夏の高温による巣脾の自然落下を防げるとともに、1枚ずつ出し入れができるので巣の内部を詳しく観察できます。採蜜時も蜜がしっかり濃縮され蓋がかかった巣枠だけ抜き出せばよいので、作業中に蜂を殺してしまうアクシデントも減らすことができます。
ミツバチのストレスを解消するための改良策
岩波さんは、「ラ式」の構造を参考に、ニホンミツバチの体のサイズに合わせた小さな巣箱を作りました。しかし巣枠の中にはあえて「ラ式」のような巣礎は入れません。
「ミツバチはきれい好きなので、本来、古い巣はかじって壊し、新しく作り替えたいんですよ。巣礎を入れると巣づくりにかける時間とエネルギーを節約できます。そのぶん採れる蜜の量は多くなりますが、巣をかじりたい欲求を抑えられるせいか、蜂が苛立つんですね。
四角い枠の中に自由に作らせ、ストレスフリーにしてあげる。それが『か式巣箱』の考え方。気が荒いと言われるセイヨウミツバチも、巣礎なしで飼うと穏やかになりますよ」
これまで何度も苦い思いを味わってきた逃去問題は、「か式」になってから一度も起こらなくなったといいます。
常識を疑ってみることが大切
ところで、岩波さんのもうひとつの特技は蕎麦打ち。これもニホンミツバチの巣箱の技術同様、既存の常識とは違う打ち方だとか。
岩波さんへの取材では、常識を疑ってみることの大切さと楽しさをあらためて教わりました。
文=かくまつとむ