1998年に登場した「胸のポケットに入るストーブ」は、世界のアウトドア界を震撼させた。世界でもっとも軽く、小さいストーブは"火"を身軽に持ち運べる夢のような道具だった。その美しい金属塊には、開発者たちの汗と涙がぎっしり詰まっている。
スノーピーク/ギガパワーストーブ"地"
日本人の繊細で緻密な手仕事が生んだ超軽量&コンパクトシングルストーブ。
サイズ:直径106×67.5mm。
収納サイズ:46×35×82mm。
重量:88g。
出力:2,500kcal/h。
ある日突然、スノーピークの営業マンがやってきた
「ギガパワーストーブ“地”」を語るには、ふたりの男の出会いから話をはじめよう。それはいまから20年以上前の1990年代半ばのこと。
東京で店を構えるアウトドアショップ『アドベンハット』の店主、横山博昭さんは既製品のアウトドアギアに満足できず、自ら野外道具を製作し、販売していた。なかばアウトドアブームに乗っかって質より量の製品を世に送り出すメーカーにあきれていたともいえる。
そんなときひとりの青年が店を訪ねてきた。スノーピークのカタログを手に営業先を回る山井太(やまいとおる)さんだった。
「カタログを見せたら突然いちゃもんつけてくるんです」
「店のドアを開けた瞬間、目が合って。怖いオヤジだなと。で、カタログを見せたら突然いちゃもんつけてくるんです。『夢がない』とかいって」
当時を振り返り山井さんは語る。
初対面でカタログや商品についてズバズバと反論を突きつけてくる横山さん。ものづくりに確固たる情熱を持ち、素直で信用できる人だと直感した。
一方、横山さんはこうだ。
「それからちょくちょく顔を見せるようになって。今度こんな商品を作りたいんだけどどう思いますか? って、意見を求めてくるんです。そんな営業マンは初めてだった。彼はスノーピークが世に送り出す商品は、こうあるべきだっていうイメージを非常に強く持っていた。そこに共感できたんです」
「燃焼器具を作りたい!」
それから山井さんは横山さんのお店を何度も訪ね、アドバイスを会社に持ち帰り、実際に製品として展開していった。
1994年、山井さんは密かに自分の中にあたためておいたビッグプロジェクトを横山さんに持ちかける。
「燃焼器具を作りたい!」
横山さんはこれまで燃焼器具の製作に携わったこともなければ、金属製のギアを手がけたこともない。いわば、金属製ギアについてはド素人。ストーブの専門メーカーに製作を依頼するという手もあったが、山井さんはあえて横山さんにかけてみた。ギアに穴があきそうなくらい「モノを見つめる目」に社運を託してみたいと思ったのだ。
それはスノーピークという会社の垣根を飛び越え、個人としての強い想いだった。そしてものづくりのパートナーとしてふたりの大挑戦がスタートした。
世界一のアウトドアストーブ開発に至るまでの苦闘の日々
「ぼくらは最後発だ。だから世界一のストーブを作らなければ意味がない」が合い言葉だった。
手に入るストーブをすべて入手し、分解し、基礎研究を重ねた。設計図を描き、燕三条の金物職人に試作部品を作ってもらい、自分の目で炎を見て、温度を測る。地味で根気のいる作業を何百回と繰り返した。
「不安? なかったですよ。未知の世界へ入っていく怖さよりも武者震いする感じでした」
横山さんは時間や家庭、すべてを顧みず研究室にこもった。ただ『美しく、使える世界一のモノ』をめざして人生を突っ走った。アイデアが煮詰まったときは山井さんに電話をし、深夜12時からふたりだけで議論をすることもたびたび。社長と社員としてではなく、ものづくり人として切磋琢磨する日々だった。
しかし、目標の開発期間2年を過ぎてもカタチにならず、焦りだけが募っていった。
世界最小最軽量シングルバーナーは米国で話題沸騰!
開発開始から4年経ったある日、手のひらに小さく収まったストーブを差し出し「これでいきます」と横山さんは山井さんに告げた。ふたりは無言でそのストーブを見つめるだけでよかった。山井さんはいう。
「本当にいいモノは、言葉なんかいらないんだとそのとき思いました」
こうして世界のアウトドア業界に激震を起こすことになる世界最軽量&最小のシングルバーナーが誕生した。
そして翌年の1999年、世界でもっとも優れたアウトドアアイテムに贈られる『バックパッカーズ誌エディターズチョイス』を受賞。
その知らせを聞いた瞬間、横山さんは毎日過ごした開発室で子供のようにワンワン泣いたという。
『ギガパワーストーブ"地"』ってこんなところがスゴイ!
米国アウトドアリテイラーショーでも空前の話題に
卵の殻を使った広告ビジュアルも日米ともに衝撃的なものだった。
米国アウトドアリテイラーショーでバイヤーは言った「ミニチュアはいいからはやく本物を見せて!」
台形にはワケがある
炎が鍋の底を均一に覆うようにバーナーヘッドは平べったい台形に。熱が外に逃げにくく、効率的に鍋に伝わる。かつ容姿も美しい!
コレが軽量化の核心部
この4つの穴から空気を取り込みガスと混ぜて燃焼させる。通常のストーブと比べるとこの筒部分が極端に短いのがわかるだろう。
迷いに迷って4本に
軽量化を重視してゴトクは当初、3本の予定だった。しかし「使えるもの」という開発理念に立ち返り、安定感のある4本になった。
ゴトクはワイヤーで軽く
ゴトクはステンレスのワイヤーを採用し軽量化を図る。鍋と接する部分には溝を掘り、空気の流れをよくし、滑り止めの効果も。
ツマミはワイヤーで大きく
可倒式ワイヤータイプの調節ツマミは、バネで火に近づかないようになっている。軽さはもちろん、微妙な調整もしやすい。
火力調節は自由自在
微妙な火加減の調整も容易にできる。右)極小に調節したときの炎。炊飯の仕上げにもってこいだ。左)マックスの出力状態。炎は上には上がらず、円を描くように広がる。
→スノーピーク公式サイト【開発秘話】 from Snow Peak ギガパワーストーブ地 https://www.snowpeak.co.jp/mag-spw/camp/3691/