「山は怖い」という方に、たまに会うことがあります。そこで「具体的に何が怖いの?」と聞くと、「怪我や遭難などの事故」の他に、「野生動物との接触」を挙げる方がいます。特に「クマに襲われる」ことを恐れているのだろうと思いますが、僕だってクマに襲われれば怖いですし、勝てる気もしません。
でも、山でクマやイノシシを必要以上に恐れる必要はないと思っています。山小屋スタッフとしてひと月の大半を山のなかで過ごしていると、山に野生動物がいるのは当たり前だということに気づかされます。彼らの気配を感じながら山を歩くからこそ、それは恐れではなく、尊重するという感覚に近いかもしれません。そこで僕の野生動物との付き合い方と、出くわしてしまったときの対処ポイントをご紹介します。
野生動物に対するマナーとは?
山登りの世界には、「登る人が優先(下る人は登る人を待って、先に登山道を通してあげる)」や、「休憩は広いスペースで、登山者の邪魔にならないように」など、人間同士のマナーがありますよね。同じように、野生動物に対するマナーもあります。
彼らの住処である山に人間が入る以上、「お邪魔させてもらっている」という意識が必要だと思います。鈴をつけたり、声を出したり、見通しの悪い道では笛を吹いたり、「これから(人間が)通りますよ」という合図を送りながら山を歩くと良いでしょう。
万が一、野生動物と出くわしてしまっても慌てて走り出したり、驚いて大きな声や悲鳴を上げないようにしてください。そうすることで、かえって野生動物を興奮させる原因になります。出くわす前も後も慎重に行動することこそ、彼らへのマナーと言えます。
野生動物に出くわしてしまったときの対処法
それでも野生動物に出くわすこともあります。実際にクマやイノシシを見たことがある登山者も少なくないはずです。十分な距離が保ていればさほど心配ありませんが、割と近い距離での遭遇は注意が必要です。
人と同じように個体によって性格が異なるのでケースバイケースになりますが、共通して言えるのは「急激な動きを見せない」「接近しない」の2点です。駄目だと言われる「逃げる」という行為も有効な場合もあります。ただ、動き出しは静かに、そして目は逸らさずに。
野生動物が「もう向かってきた」という状況でも、声を上げず、ボクサーばりのガード姿勢で後ずさりしましょう。一か八か、手荷物を置いて気をそらさせるのも良いですが、後で取り返そうとは決してしないこと。
なかなかないと思いますが、万が一「もう目の前まで来てしまった場合」ですが、それでも攻撃してくるとは限りません。動物が威嚇だけして立ち去る(これ以上近寄るな!という意思表示をする)場合もあります。とはいえ、生きて帰るためにも、自分の首を腕や肩でガードして、強い意思を示しましょう。「手強い」とか「しぶとい」と思わせれば、向こうから諦めてくれたり、隙が生まれる場合があります。自分は「必ず生きて帰る!」という強い意思・覚悟を持ち続けることがとても大事です。
冒頭に出てきたクマについても、その生態について知っておくとより安心です。特にクマを興奮させてしまう要因は、いくつかあります。「小さな子グマを連れているとき」、「強い香りを感じたとき」、「人間と鉢合わせになって驚いたとき」、「自分が得た物がなくなった(奪われた)とき」などが挙げられます。またクマの習性として、背を向けて離れていくものは追いかけてしまいます。
クマに出くわしてしまったら、他の野生動物の対応と同じように、静かに動いて、背を向けずにクマのほうを見ながら慌てずに後ずさりして、クマが見えなくなるまでそのまま歩いてください。
クマの爪は内側に巻いています。それゆえ木登りや斜面の直登は大得意。ですからクマから逃げるなら、トラバース(横移動)で動くほうがまだマシです。
本州にいるツキノワグマもイノシシも雑食とはいえ、人を食べようとは思っていません。性格も臆病だと言いますから、興奮させない限り、人間を襲いたいとも本来は思っていないでしょう。
こうしたポイントを押さえておけば、極度に野生動物を恐れる必要はないのだと気づくと思います。自分自身を守るためにも、彼らの存在を常に気にかけながら、山では礼儀正しくマナーを守って慎重に行動しましょう。
※撮影協力:奥多摩「鳩の巣釜めし」店主・カメラマン 岡部正樹