「バックパッキング」という旅のスタイルがあります。宿泊装備を背負って歩く旅。山や里、海岸だって歩いては泊まります。
背負って歩く旅を続けているのが「シェルパ斉藤」こと斉藤政喜さんです。紀行作家と言えば辺境に行きがちですが、人の営みを感じる誰かの地元を歩く、シェルパさんの旅はなんとも楽しいのです。
「歩く旅」がテーマの『シェルパ斉藤の遊歩見聞録』
「今回の本は原点回帰して『歩く旅』がテーマなんだ。写真もほとんどなく、文章で勝負したいんだ」と、ニコニコしながらシェルパ斉藤さんがこの本への想いを語ってくれました。それが『シェルパ斉藤の遊歩見聞録』です。
東海自然歩道を歩いた『213万歩の旅』から30年。それ以降、ずっと歩き続けている達人にとって、歩くこととはなんでしょう。気になります。
出会いによって旅のプランが変わる
『遊歩見聞録』は7つの章で語られます。山、島、村、犬連れ、被災地、海外、長い道。訪れる先は変わっても、緩やかに流れる景色とともに、地元の人との出会いが生まれ、ストーリーが紡がれていきます。
第1章「山を歩く」では、行く先々の山小屋の方にコーヒーを振舞われ、最後は断るくらいの歓待です。山小屋の女性スタッフとの会話をきっかけに、なんと旅の終着点まで変更してしまいます。
第3章「村を歩く」はどれも楽しい出会いばかり。高知県・三原村の「どぶろく街道」を訪れ、民家カフェで出会ったご婦人にどぶろくを飲みに来ないか? と誘われます。注がれるがままにどぶろくを飲み、ついには酔いつぶれて車中泊。
出会いによって旅のプランが変わるなんて、魅力的です。
家族と「歩く旅」に出て語り合う
第五章「被災地を歩く旅」は、大学卒業後の身の振り方に悩む長男との絆を深める旅。
旅を通して「父と子だけでじっくり語り合いたい」父、シェルパ斉藤さん。ところがヒッチハイクが得意な息子に嫉妬し、張り合うようにラジオ体操をしたり、負けじとフル装備のバックパックを背負ってしまう父。起伏の激しいトレイルを楽しめない父は、「海の景色を眺めながら山登りも楽しめる、おもしろいロングトレイルだ」と息子に諭され、励まされます。まるで自宅のやりとりのような旅です。うらやましい。
「歩く旅」の原点、「東海自然歩道」
最終章「30年目の東海自然歩道」では、八ヶ岳山麓に移住したシェルパさんにとって「地元」の東海自然歩道に再訪します。昔に思いを馳せながらも、旅はいつもどおり。山頂ではおにぎりとツナで作ったチャーハンを食べ、おばさまたちの会話に耳をかたむけ、観光地では大きなバックパックが周りから浮いてしまう。25年前に書かれた『シェルパ斉藤のバックパッキング術』のシェルパ青年のままです。
一日の終わりは、いつも通りのテント。
「歩き疲れるまで歩いて、星空の下でたき火をして、テントで眠る」
シェルパさんの旅を楽しみ方は今も昔も変わりません。どこかに行って歩いて泊まる。そのうち出会いや発見があるかもしれない。
身近な場所で「再発見や感動」が得られれば、地元はもはや旅先です。そして旅先が地元になるのです。ソローの『森の生活』の一文を思い出します。「地球の反対側に行っても、その土地の住人には慣れ親しんだ故郷である」と。
この本を読み終えてからは、地元を歩くのにも旅先にいる気分で歩いています。なかなか達人のようには行きませんが、景色は変わって見えます。ああ、歩き旅は良いですね。
文/勝俣 隆
※7月4日の朝日新聞土曜日版 『be on Saturday』のフロントランナーにてシェルパ斉藤さんのインタビューが掲載されました!