栗城史多さんの人物像に迫る話題の書『デス・ゾーン』著者・河野 啓さんに聞く
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  • 2021.03.27

    栗城史多さんの人物像に迫る話題の書『デス・ゾーン』著者・河野 啓さんに聞く

    単独無酸素七大陸最高峰登頂を掲げ、エベレストで遭難した栗城史多さん。その栗城さんをかつて取材で追っていた河野啓さんに執筆の背景を聞いた。

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    森山:河野さんは、テレビ番組の取材で栗城さんをずっと追っていたそうですが、栗城史多という人物に対してはどういう印象を持っていたんですか?

    河野:本心がよくわからないところがありました。いうことがコロコロ変わるし、振り回されてばかりで……。最終的にいい印象は残らなかったんですが、この本の取材を始めて、私の知らなかった栗城さんの話を聞くにつれて、印象が変わっていったんです。

    森山:変わったというのはどういう方向に?

    河野:ようやく栗城さんのことを好きになれたんです。

    森山:当然、会った当初はネガティブな感情は持っていなかったんですよね。

    河野:はい。単独無酸素で世界七大陸最高峰を登るというのは相当すごいことなんだろうと思ったし、クリクリとした目でニコニコ笑う、旧来の登山家のイメージとかけ離れたところにもすごく好感を持ちました。それに、「マグロになりたいんです」みたいな意表を突く言葉を放り投げてきたりもするんです。

    森山:そういうワードセンスもある人だったんですか。

    河野:もうコピーライターですね。たとえばサイン会で、色紙に「無酸素 栗城史多」って書くんです。「登山家 栗城史多」よりも無酸素のほうがインパクト強いですよね。言葉の選び方がうまかったし、話術も非常に長けていました。

    森山:僕は亡くなる前年に一度会ったことがあるんです。栗城史多というと、ストレートに明るいエネルギッシュな人物像を想像していたんですが、いざ会ってみるとイメージがずいぶん違うなと感じました。

    河野:訃報をニュースで知って久しぶりに顔写真を見て、実はびっくりしたんです。あまりにも人相が変わっていて、私が毎日のように会っていた栗城さんと同一人物とは思えませんでした。彼を取材していたのは2009年までで、その後のことはほとんど知らなかったんです。私の知っている栗城さんは、山で死ぬような男ではなかったはずなんですよ。むしろ、山は適当に切り上げて政治家にでも転身するようなイメージだったので、愚直に山を登り続けていたことに驚きました。

    森山:ズルく要領よくやる人だったはずの栗城さんの印象が、10年ぶりに接して変わっていった……と?

    河野:たとえば、占い師に心を預けていて、登頂のタイミングまで占いに頼っていたという話を聞いたときに、バカだなと思うと同時に、悲しみみたいなものも感じたんです。これは自信がないんだな、なにかすごいものに頼らないとダメなんだろうなと。

    森山:弱さが見えて、かえって共感できるようになったということですか。

    河野:ええ、彼なりに必死だったんだなと思えたんです。必死の向け方が間違っているんですけど、彼にとってはそれがリアルだったのかもしれないと思うようになりました。もともとそういう霊的なものに関心がある人でしたし。

    森山:追い込まれてから仕方なくそちらにすがったわけではなくて、もともと関心があったんですか?

    河野:そうですね、宜保愛子さんの話とかよくしていました。一方で、彼は多くの登山関係者を傷つけたんだなということも、この本の取材で初めて知りました。それまでの登山家がチームを組んで何年も計画していたようなルートに、全然トレーニングをしていない栗城さんが「無酸素で行きます」「お金ください」と現われれば、それは反感を買うのは当然だろうと。

    森山:河野さんのおっしゃることはわかる部分があります。僕も栗城さんが亡くなったあとにいろいろ調べてみると、弱さみたいなところとか、うさんくさい登山家という人物像だけじゃないものが見えてきて、人間的な興味がわいた部分がたしかにあったので。

    河野:作る番組はろくでもないのに、企画会議の場では雄弁なやつが、テレビの現場ではいるんですよ。

    森山:(笑)。

    河野:そういう人が役立たずかというとそうではなくて、その人なりのよい働きがあったりもするんです。なので一面的に否定すべきことではない。栗城さんもあれだけスポンサーを集められたというのは、彼のひとつの大きな能力だったと思うんですよね。

    森山:そういう、人を多面的に見ることができている部分が、僕はこの本でいちばんいいポイントだと感じました。人って、わかりやすい一面でどんどん判断されてしまいがちですけど、本当はもっと複雑じゃないですか。そういう視点はすごく大事だと思うんです。この本でも、栗城さんのダメなところはダメときちんと書き、一方で、いい部分は素直に認めている。批判本にも礼賛本になっていなくて、栗城史多というひとりの人間に寄り添ったものになっているところがとてもいいなと思いましたし、誠実さを感じました。

    河野:栗城さんがそこをわかっていなかったように思うんです。苦しみや弱さも出してよかった、むしろ出すべきだったんじゃないか。自己演出の仕方を間違えたようにも思うんですよね。

    森山:かもしれませんね。

    河野:心から願うのは、これをきっかけに、今回、取材に応えていただけなかった方にも、その人たちが見た栗城さんを発信してほしいということなんです。きっと私が書いた栗城史多像とは違うものになるだろうし、そうすれば栗城さんは長く語り継がれるし、なんらかの教訓を社会に与えると思うんです。
          
    森山:ところで、この『デス・ゾーン』というタイトルにはどういう意味があるんですか。

    河野:登山で超高所のことを「デス・ゾーン」といいますよね。それと地上のデス・ゾーンを意味したつもりです。

    森山:地上のデス・ゾーンというと?

    河野:栗城さんを追い詰めたのは、この息苦しい世の中にもあったんじゃないかという思いもありまして。

    森山:酸素が薄くて息苦しく、生き抜くのも困難な超高所の環境を、現代社会の閉塞感ある生き苦しい状況になぞらえてもいるということですね。

    河野:はい。山にも日常にもデス・ゾーンはあったということです。

    森山:この本を栗城さんが読んだとしたら、どう思われると思いますか?

    河野:これはないでしょ! というところもあるでしょうけど、全体的には「バレちゃいました?」と苦笑いしてくれるんじゃないかと……。希望的観測ではありますけれど。

    森山:栗城さんは、この本ぐらいは受け入れる度量がある人なんですね。

    河野:と思うんです。私の知っている栗城さんであれば。

     

    取材を進めるにつれて、
    ネガティブだった栗城さんへの
    印象が変わっていきました。

    河野 啓(こうの・さとし)

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    北海道放送のテレビディレクター/プロデューサー。2008年から2年間にわたって栗城さんの取材を続けていた。北海道北星余市高校を描いた『よみがえる高校』(集英社)のほか、『北緯43度の雪』(小学館)などの著書がある。

    河野さんは人を見る目が多面的で、
    しかも先入観がない。
    そこに誠実さを感じました。

    森山憲一(もりやま・けんいち)

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    山岳ライター。『山と溪谷』『PEAKS』編集部などを経て、現在はフリーランスで活動。栗城さんの生前に登山的観点から評論した唯一のライターで、そのときに書いたブログ記事が、遭難事故後、結末を予言していたと話題になった。

     

    栗城史多  経歴

    1982年 北海道今金町に生まれる
    2002年 大学入学後、登山を始める
    2004年 デナリ(北米大陸最高峰)登頂
    2005年 アコンカグア(南米大陸最高峰)、エルブルース(ヨーロッパ最高峰)、キリマンジャロ(アフリカ大陸最高峰)登頂
    2006年 カルステンツピラミッド(オセアニア最高峰)登頂
    2007年 チョーオユー(8201m)登頂、ビンソンマシフ(南極大陸最高峰)登頂
    2008年 マナスル(8163m)頂上直下まで
    2009年 ダウラギリ(8167m)登頂、初のエベレスト挑戦(7750mまで)
    初の著書『一歩を越える勇気』(サンマーク出版)刊行
    2010年 アンナプルナ(7700mまで)、
    エベレスト(7550mまで)
    NHK全国放送で特集番組が放映される
    2011年 シシャパンマ(7600mまで)、
    エベレスト(7800mまで)
    2012年 4回目のエベレストで重度の凍傷を負い、両手9本の指を失う
    2014年 ブロードピーク(8047m)登頂
    2015年 5回目のエベレスト(8150mまで)
    2016年 6回目のエベレスト(7400mまで)
    2017年 7回目のエベレスト(6800mまで)
    2018年 5月21日、8回目のエベレスト挑戦で滑落死

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    『デス・ゾーン栗城史多のエベレスト劇場』
    集英社 ¥1,600

    栗城史多はなにを考え、なにを目指してエベレストに通い続けていたのかを、膨大な数の関係者の証言から明らかにしていく。そこには知られざる秘密もあった……。
    第18回開高健ノンフィクション賞受賞作品。

    ※構成/森山憲一 撮影/鍵岡龍門 写真提供(エベレスト)/平賀 淳

    (BE-PAL 2021年2月号より)

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