地域に根づいたクラフトブルワリーを紹介するシリーズ。第16回は秋田県南部の豪雪地帯、羽後町にある羽後麦酒(うごばくしゅ)。アウトドアが大好きという、代表の鈴木隆弘さんに話を聞いた。
日本酒の酒蔵が途絶えた町にビール文化を
2017年に操業を始めた羽後麦酒。代表の鈴木隆弘さんは、若い頃から時間を見つけては山に上る山男。旅を本業にできないかと考えるほど根っからのアウトドアマンだ。しかし、家業の皮革製品の仕事が忙しかったため、そうそう遠出もできず、近場の山や渓谷に入ることも多かったそうだ。近場といっても奥羽山脈の西、羽後の町は山に囲まれている。
「あらためて旅人の目で地元を見直してみると、羽後町にはけっこういいものがありました」
豊かな自然に育まれた農畜産物。羽後牛、そば、スイカ、イチゴ、野菜も果物も山菜も。現在は人口1万5000人ほどの小さな町だが、かつての羽後国(うごのくに)に、うまいものが集まっていた。その中に、ないものがあった。酒蔵だ。平成元年(1989年)に、最後の酒蔵がなくなったという。
「この町に酒の文化を取り戻したいな、と思ったのがはじめ。酒といってもいろいろ、私は何でも好きですけど(笑) 日本酒をやろうとしたら300年ぐらい修行しないといけないだろうし、ワインはぶどうの木や土を育てることを考えたら60年ぐらいかかるかな、と。その点、ビールならできるんじゃないかと。それにビールは世界中で飲まれているから、ビールの名目で旅ができるなという魂胆もあって」と、鈴木さんは羽後麦酒設立の理由を説明する。
町に古くからあった、今は使われていない味噌蔵を借りて、ブルワリーに改修した。「各家庭で味噌をつくる文化がある町なので、ここはそうした自家製の味噌を貯蔵しておく蔵だったようです」
改修されたブルワリーの中を、鈴木さんにウエブカメラで見せてもらった。築70〜80年という年季の入った蔵の、高い天井、太い梁。その下の広い蔵には、ブルワリーでよく見る大きな銀色のピカピカ光るタンクが、ない。見えるのはラーメン店にあるような大きな寸胴と、白い業務用のチェストフリーザー。クラフトブルワリー界で「石見式(いわみしき)」と呼ばれる小規模な醸造設備だ。当シリーズの第5回で紹介した石見麦酒が編み出した製法である。
これが地元の人には好評だったようだ。
「大手ビールの工場見学に行くとタンクがズラーッと並んで中はわからないけれど、これだと、ここで発酵させて、ここで醸造して、ビールってこうやってできるのかと。町のおじちゃんたちにもわかりやすかったようです」
小さな町に小さな設備が向いていた。
八百屋のようなブルワリー、チョコパフェのようなエール
「ここは何を食ってもおいしいんですよ」と、鈴木さんは自慢する。季節ごとの野菜、果物、山に入れば香りのいいクロモジも手に入る。
羽後麦酒は地元の食材を使ったビールを次々と造りだしている。小さな醸造設備は、少量生産に向いている。2017年に稼動してから造ったビールの種類は40種以上にのぼる。
「素材として面白いものがたくさんありますからね。ビールはワインや日本酒より自由度が高いので、いろんな素材を取り入れられる」
昨年は、蔵の入り口に3メートルも雪が積もったという、県内でも屈指の豪雪地帯である。ブルワリーの繁忙期は夏だが、冬は冬で雪かきに忙しい。春が来ればいっせいに山菜が芽吹き、また忙しい。
今年はふきのとうを使った「春来」いうエールを造った。「ばっけ」と読む。
「この地域では、ふきのとうのことを『ばっけ』と呼びます。由来はよくわかりませんが、一説には春が来ると意味もあるそうなので、勝手に当て字です」
7月、筆者は秋田県産イチゴを使ったエールを飲んでみた。イチゴのほのかな香り。
「旬の素材を旬の時期に仕込むので、出来上がった頃には旬の時期をちょっと過ぎてしまうのですが、そればっかりはどうしようもなくてね」と笑う。ビール醸造には短くても2〜3週間かかる。旬の時期を外れるのはむしろ旬の証だ。
イチゴを使った黒ビールもある。チョコレートモルト、ブラックモルト、カカオバウダーが素材に。飲んだ後にチョコレートの余韻。まるでイチゴパフェのような……。実際、女性をかなり意識しているという。
「ワインでも焼酎でも日本酒でも、お酒のトレンドは女性がつくるんですよね。だから女性が手に取ってくれることを意識しています。うちのベルジャンホワイトを飲んでビール嫌いを脱し、今ではIPAも楽しむほどビール好きになってくれた女性もいて、うれしいですね」
羽後麦酒のビールは、おだやかな風味が特徴だ。素材のおもしろさがありながら、その個性が目立ち過ぎない。食事に合わせやすいのも特徴だと思う。
羽後麦酒らしい取り組みが「酒米シリーズ」だ。秋田の酒米「亀の尾」や、全国的に有名な兵庫の「山田錦」を使ったビール。さらに日本酒の酒蔵とコラボした「酒蔵シリーズ」を企画中だ。「その酒蔵の酒粕でつくった甘酒を使ったエールとか。甘酒の香りがほんのりとね……」とエールのイメージを語る。鈴木さんはビールだからこそできる、無限に広がる素材の組み合わせを楽しんでいる。秋、農産物の収穫期を迎えると、ブルワリーの冷蔵庫は野菜や果物であふれかえるという。「自分が何屋さんか、わからなくなります(笑)」
特に何もしないキャンプ型ビアフェス
今年7月の後半からブルワリーオープン4周年記念を兼ねて、近所のアルカディア公園を借り切りキャンプ型のビアフェスを開いた。
ちょっと変わったビアフェスだ。特にイベントの予定はない。参加者は自由にキャンプして、ビールはセルフサービスでタップから注いで飲んでくださいというスタイル。3時間と24時間の飲み放題コースを設定。夜まで飲めるし、朝から飲める。初日は雨が降られたが、鈴木さんはササッとタープを設営。雨降りでも楽しいキャンプになった。
もともとキャンプ好きの鈴木さん、一昨年の4月にも、こうしたキャンプ式ビアフェスを開いたことがある。「公園の桜の開花を見張るような気分で(笑) お客さんが肉とか食材を持って来れば、その場で焼いてあげました。焚き火があればたいてい何とかなりますから」と、山男の面目躍如だ。
「こういうゆるいビアフェスが広まるといいなと思って。キャンプに慣れていない人も参加しやすい環境づくりが、これからの課題ですね」
イベントなし。各々が好きに過ごす。ビールはセルフで飲み放題。ありそうでなかったビアフェスの形ではないだろうか。今後も雪が降り出す前、春、夏と開催していきたいと語る。
ブルワリーの創業から4年。経営は軌道に乗りましたかという質問には、「まだまだ」と答える鈴木さん。「仕込み量を増やしていかないことには軌道に乗らない商売です。いずれはここにもタンクを入れようと思っていますけど」。
小ロットゆえ、町のスーパーでどこでも手に入るというわけにはいかないが、羽後麦酒の名は地域に知られ始めている。最近は、ご当地ビールの注文が増えている。
「町や市の特産品を使ったビールです。小ロットなので注文を受けやすい。ただ、ここも手狭になってきたので、いずれ、大きな場所に移すことも考えないといけないでしょうね」
かつて、味噌蔵だった場所が今、クラフトビールのブルワリーとなり、次のステップへ踏み出す。羽後町で30年ほど前に途絶えた日本酒の文化が、クラフトビールという別の酒で復活しようとしている。
秋田県雄勝郡羽後町西馬音内字本町109 旧みそ蔵棟
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