自転車で町を元気に!
「ほんとうにサイクリストが増えてきたな」
とある日曜日。古い商店街にある再生されたビルの3階から一人の男性がそうつぶやいた。眼下には、ロードバイクに乗ったサイクリストが一人。静かに商店街を通り過ぎて行った。
ここは長野県辰野町、下辰野商店街にある「〇と編集社」という一般社団法人がリノベイトした3階建ての雑居ビル。1階には、この地を訪れるサイクリストのより所となっている「グラバイステーション」が入居する。
その男性こそが、世界157か国15万5000㎞におよぶ自転車の旅を8年半以上かけて実現した自転車冒険家の小口良平さんだ。小口さんは、隣町の岡谷市生まれ。2016年に帰国したあとも諏訪エリアを中心に、自転車による観光資源の開発や、サイクルスタンドを設置する活動を積極的に行なっている。
サイクリングマップやガイドツアーで楽しむのもあり
「2018年に辰野町の依頼でサイクリングマップを作りはじめました。コースを設定するために自転車で辰野町を隅々まで走ると、隣町に生まれたのに今まで知らなかった魅力的な景色やルートがたくさんあることに気づきました。辰野は、サイクリストにとってパラダイスのような町だったんです」
辰野町は、かつてJR中央本線の乗り換え地点として、東京と長野を結ぶ一大拠点として栄えた。しかし、84年にトンネルが開通し岡谷・塩尻間が直結されると、辰野で乗り換える人も減少。やがて商店街も衰退していった。目抜き通りも長らくシャッター商店街と化していた。
自転車で走って観光資源を発掘!
「観光資源といえば、ホタルぐらい。大きな産業もないので、厳しい状況が続いていたそうです。そんなとき、辰野町を元気にしようと活動をしている『〇と編集社』の皆さまと出会ったんです。彼らは、商店街に残る利用されなくなった商店を自分たちの手で魅力的な物件へとリノベーションしては、入居希望者に渡すような仕事をしていました。丁度、『この町にサイクリストの拠点があったらな』と考えていた時期でした。そこで僕も〇と編集社に加わり、リノベイト物件の1階にグラバイステーションをオープンすることになったんです」
グラバイステーションは、2020年6月にオープン。レンタル自転車や近隣のガイドツアーを実施するほか、小口さんが監修したサイクリングマップを入手することもできる。レンタル自転車は、体力に自信がない人でも気軽に周辺散策を楽しめるE-BIKEから、自転車キャンプのツアーにも対応できる最新のグラベルバイクまで多種におよぶ。
「今、シャワールームも作っていて、ツアーに参加した人はもちろん、辰野周辺を走った人が立ち寄って、汗を流したり情報を得たりできるようにしています」
グラバイは自転車ショップではないので、自転車やパーツの販売はしていない。しかし、辰野町や伊那谷でサイクリングをするための情報は、どこよりも豊富に揃っている。名物や、その時期に見るべき風景、名所旧跡など、サイクリング前に立ち寄って気になることをたずねてみるといい。もちろん辰野の魅力をより深く味わいたいなら、ツアーに参加することをすすめる。
町の変化を実感
「5年ほど前から『地域おこし協力隊』を積極的に募集し、若い世代の流入を目指してきました。〇と編集社の活動が進むにつれ、徐々に若い世代が町に増えてきたなと感じるようになりました。しかし、最近では自分たちでも把握できないほど、若い世代の移住者が増えてきて、町もほんとうに元気になってきました」とは、辰野町役場の野澤隆生さん。
シャッター商店街に光が灯る
長らくシャッター商店街だった目抜き通りには、ポツンポツンとではあるが、リノベーションされた物件が営業を開始した。松本で人気のコーヒーロースターや雑貨店も入居。近隣のレストランのフードをいつでも買える販売機や、化学肥料・農薬不使用の野菜を無人で販売するブースも登場し話題となっている。日曜日の朝には、そんな商店街で買い物を楽しむ人たちの姿も目立っていた。
「レンタル自転車を使って再生された商店街を自力で散策するのもいいですし、ガイドツアーに参加して、辰野町の自然や文化を体感していただくのもいいと思います。『観光資源がない町』というのは過去の話です。辰野町には、サイクリストの目線で見ると魅力的なシーンがたっぷりあります。走りやすい季節に、ぜひ遊びに来て欲しいです」
冒頭、小口さんがつぶやいたように、この町に数時間滞在した間だけでも、行きかう何人ものサイクリストの姿を見かけた。
「以前は、サイクリストなんて皆無でした。皆、表の国道を通り過ぎていたのに、今では、この商店街にわざわざ入ってきて、寄り道するサイクリストがほんとうに増えました。サイクリスト、そして、リノベーション物件と共に、町が再生していく姿をみられることを誇りに思います」
BE-PAL 6月号でも紹介しています
小口良平さんの活動については、現在発売中のBE-PAL 6月号『ぼくらにできるSDGs』特集でも紹介しています。合わせてチェックしてください。
グラバイステーション
長野県上伊那郡辰野町辰野1704
https://gravbicycle.com/station/
撮影/海上浩幸
構成/山本修二