“夜桜”といえば、多くの人は、いわゆる「お花見の名所」でライトアップされた桜を思い浮かべるかもしれない。でも、星空を撮る僕にとって“夜桜”とは、ライトアップされたそれではなく、星空の下に立つ桜のことを指す。
もちろんライトアップされた桜も美しいが、特に市街地を離れた場所、それも天の川が見えるような良好な夜空の下に立つ桜ならば、人工的なライトアップが施されていない姿こそが、本来の自然な夜桜の姿であると思うのだ。
暗闇では桜が見えないと思う人もいるかもしれないが、桜の花のような淡色は、闇夜でも薄らと見ることができる。
星明かりに照らされ、ほんのり浮かび上がる桜の姿は、実に厳かで神秘的だ。
月明かりの下では、より一層、幽玄で艶やかな表情を見せてくれる。その佇まいには、かの谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で言及していたような、日本人の心に潜在的にある美意識をくすぐるものがあると思う。
桜が日本の象徴であることを思い出せば、その想いもさらに深くなる。
目の前には満開の桜、頭上には満天の星……、この上ない贅沢だと思う。
著名な桜の名所は、シーズン中はライトアップされることが多いが、一晩中というわけではない。ちょっと居残りをし、ライトアップの消灯時間を待って、ぜひ星明かりや月明かりに浮かぶ夜桜鑑賞をオススメしたい。
毎年、日のある時間に見慣れた桜も、夜になるとまた違った表情を見せてくれるかもしれない。
ところで、この時期、ちょっと夜更かしをするといち早く夏の星々に出会えることをご存じだろうか?
夜半を過ぎると、夏の星座や天の川が東の空から顔を出してくる。そう、夜桜と天の川の饗宴を楽しむことができるのだ。この写真にも、夏の天の川や夏の大三角、そして七夕でお馴染みの織姫と彦星が写っている。
今年も桜の季節がやってきた。今年はどこの夜桜を楽しもうかと、手ぐすねを引いているところだ。
星景写真家・武井伸吾
「星と人とのつながり」をテーマに、星景写真(星空のある風景写真)を撮影。著書に写真集『星空を見上げて』(ピエ・ブックス)など。
http://takeishingo.com/