キノコを採って&撮って30年!マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへようこそ!
英語名で『デストロイング エンジェル(destroying angel)』破壊する天使、あるいは殺しの天使。プロレスラーやアニメのロボットのような名前だが、ドクツルタケは、おそらく日本で最も毒性が強く危険なキノコだ。
毒キノコの多いテングタケ属のキノコの中でも、毒性の強さは群を抜いていて、一本食べれば確実に死ぬと言われている。数ある毒キノコの中でも、一本で命に関わるほどの毒性を持つものはそうは多くない。
しかも恐ろしいのは発生環境を選ばず分布が広いこと、後述する致命菌のシロタマゴテングタケ等、近縁のキノコも含めると、里山から深山まで森林内なら、およそ何処にでも普通に発生し、発生時期も梅雨時から秋遅くまでと長い。1日、きのこ採りで山を歩けば、たいがい1本や2本は見かけるだろう。
外見も警戒心を抱かせない。純白で楚々とした立ち姿で、毒キノコらしい派手さは何処にもない。また、特別な匂いもなく、味も温和。ドクツルタケ中毒から、運良く生還した人はむしろ、美味かったとさえ証言している。
たまに初心者に、きのこ狩りの注意を聞かれることがある。
必ず言うのは、「白いキノコは絶対食べないように!!」ということ。生命の危険に直結する、ドクツルタケの誤食を警戒しているからだ。
ドクツルタケの主な有毒成分は、ビロトキシン類、ファロトキシン類、アマトキシン類等で、キノコ1本に成人一人分の致死量を超える毒成分を含んでいる。
特に毒性の強いのは、アマトキシン類の中のα-アマニチンで、肝臓や腎臓が壊死し、劇症肝炎、心臓の異常などの多臓器不全、脳症を併発し死に至る。運良く助かっても、重篤な後遺症が残ることが多いという。しかも、α-アマニチンは熱に強く、調理によって分解することはなく、解毒剤も存在しない。
毒キノコの見分け方でよく言われる俗信、「縦に裂けやすいキノコには毒がない」「色が派手なキノコは毒、地味なのは無毒」「ナスと煮れば毒が消える」等々には全く根拠がない。さすがに最近はこんな迷信をそのまま信じている人は少ないと思うが。
実際にドクツルタケとシロタマゴテングタケは、日本で一番、食中毒による死亡事故が多いキノコなのだ。
実際に起きた、悲惨なドクツルタケ中毒による死亡事件の一例
1993年に起きた、ドクツルタケによる痛ましい死亡事故の記録。
この方は、「ナスと煮れば…」を信じていたようだ。
1993年10月10日11時ころ、71才男性が、裏山で採ったキノコを、65才妻と、ナスと煮て食べた。
10月11日 午前0時ころより、激しい嘔吐、下痢。症状はいったん軽快。特に何の手当も受けず、自宅で休養するが、翌12日、妻65才が死亡しているのに気づき、近隣の医者の往診を受け総合病院に緊急入院。中毒の原因がドクツルタケと特定され治療を受ける。この時点では症状が安定し軽快していたものの、しばらくして一気に悪い経過をたどる。
ドクツルタケ=アマニチン中毒の特徴は症状がいったん改善されたかに見えその後、劇的に進行することが多い。この男性の場合も、入院翌日から劇症肝炎の症状が現れ、血漿交換などの治療の甲斐なく7日目に多臓器不全で息を引き取っている。亡くなった時、肝臓の正常な組織はほとんど残っていなかったという。
なんとも恐ろしいドクツルタケの毒だが、アマトキシン類の強い細胞毒性を利用して、抗がん剤として有効利用できないかという研究もされているという。
ドクツルタケの毒の強さはどれくらい? 中毒の症状は?
ずっと昔のことだが、私の父のキノコ仲間でキノコの達人、蓼科の山の宿のご主人が、とある宗教団体の若者二人にきのこ狩りのガイドをしたことがあったという。ドクツルタケばかり採っているので不審に思っていたら、彼らは後に日本を震撼させたあのカルト教団の信者だったそうだ。
ちなみにドクツルタケの主要な有毒成分α-アマニチンは、単純比較はできないものの、体重あたり致死量では毒ガスのサリンよりも毒性が強い。
これほど強い毒成分なのに、キノコ毒がミステリー小説や映画の小道具に使われた例というのは、あまり聞いたことがない。やはり即効性が無く、結果がすぐにわからないのは具合が悪いのだろう。
ドクツルタケの中毒の症状が現れるのには6時間~24時間の比較的長い潜伏期間がある。この間に適切な治療を受ければ、比較的高い確率で命が助かる。さらに症状が現れても、一時的に軽快し、致命的な劇症肝炎を発病するまでには、しばらくの間がある。すぐに昏倒してしまうわけではないようだ。
死亡するまでには数日かかり、その間かなりの騒ぎになるので、隠密理にことを終わらせるのは不可能に近い。
しかも、意識があるので、被害者はかなりの確率で、いつ食べたのか、食べさせた犯人を告げることができるだろう。しかも、かつては死因の特定が難しかったキノコ中毒死だが、今では医学の進歩で死後、遺体からアマニチンを検出しドクツルタケ中毒を特定できるようになったという。
ドクツルタケは、ミステリー小説の完全犯罪のトリックに使うに相性があまり良くないようだ。
ドクツルタケやシロタマゴテングに似たキノコはまず猛毒と疑え!
ドクツルタケ、シロタマゴテングタケには、まだ名前の付いていないよく似た近縁種や変種が複数あることが知られている。それらのキノコも、同様の猛毒と思って間違いはない。
●ドクツルタケ、シロタマゴタケ類似菌(※猛毒※)
現在もドクツルタケ中毒の有効な治療法は確立されていない。中毒初期には胃洗浄や点滴等、肝炎が発症してからは、血漿交換療法、血液透析等が効果あるのではと言われている。一本食べた場合、適切な治療をしなければ、ほぼ100%、治療を受けても70%の致死率。
真っ白なキノコは、煮ても焼いても食えない、もちろん生では口にしない。これが最も効果のある予防法のようだ。
命に関わる絶対に食べてはいけないキノコ
●ドクツルタケ(※猛毒※)
学名:Amanita virosa (Fr.) Bertill.
【カサ】
直径、約5cm~15cm。卵型から中央部が盛り上がった平に開く。表面平滑で湿時弱粘性、乾くと絹状光沢がある。純白色でときに中央付近が薄く淡黄色を帯びることがある。
【ヒダ】
白色でやや密。離生する。
【柄】
表面白色で繊維状のささくれに覆われ、だんだら網様を成すが、幼菌では目立たず、ほぼ平滑。切断面は中実で白色。上部に膜質のツバを備え、ツバから上は粉状。ツバは成長の過程で脱落することもあり観察には注意が必要。基部は膨らみ、膜質のやや深いツボがある。
【肉】
白色。無味無臭。
【環境】
各種林内地上に散生、群生。
【食毒】
致死性の猛毒。毒成分はファロトキシン類、ビロトキシン類、アマトキシン類、ジヒドロキシグルタミン酸等。
●シロタマゴテングタケ(※猛毒※)
学名:Amanita verna (Bull.) Lam.
【カサ】
直径、約4cm~10cm。釣り鐘型から扁平に開く。白色だが中央部が淡黄色を帯びることがある。表面平滑で粘性はない。
【ヒダ】
白色、離生し密。
【柄】
表面、ほぼ平滑またはごく細かい鱗片に覆われる。下方にやや太く、基部は球根状、膜質のツボを備える。上部には膜質のツバを備え、ツバの上部は粉状。ときにツバの裏側が淡黄色を帯びる。断面は髄状。
【肉】
白色で脆く、柄の髄状部分は黄色を帯びる。
【環境】
各種樹種の森林に散生、群生。
【食毒】
致死性の猛毒。毒成分は、ファロトキシン類、アマトキシン類、溶血性タンパク等。
ドクツルタケに似た食べられるキノコ
●シロオオハラタケ(注意が必要なキノコ)
学名:Agaricus arvensis Schaeff.
【カサ】
直径、約8cm~18cm。類球形から饅頭形を経て平に開く。類白色で平滑。ときにうっすらと鱗片に覆われることがある。粘性はない。
【ヒダ】
離生し極めて密。白色から淡紅色を経て黒褐色。
【柄】
下方に太く中空、基部は膨らむ。表面は白色~肌色、細かな繊維状鱗片に覆われる。上部に膜質で白色のツバがあり、裏側に綿くず状の繊維を付着する。
【肉】
厚く白色。傷つくと淡く黄変する。無味無臭。
【環境】
夏から秋。林内の開けた場所や、竹林、牧草地に発生。ゴルフ場などでもよく見かける。
【食毒】
従来可食とされて来たが、体質により中毒する場合がある。利用は慎重に。
●シロフクロタケ(食べられるキノコ)
学名:Volvopluteus gloiocephalus (DC.) Justo
【カサ】
直径、約7cm~10cm。卵型から中央部、やや高い平に開き周辺部はやや波打つ。表面粘性あり平滑。白色~単灰褐色、基準種のオオフクロタケは黒褐色。
【ヒダ】
離生し密。初め白色、のち肉色。
【柄】
下方にやや太く、中実。ツバは無い。表面、白色で平滑。基部は膨らみ、やや厚い膜質の深いツボがある。
【肉】
白色で無味無臭。
【環境】
初夏から晩秋。腐敗の進んだ材上や埋れ木、庭園や畑などの肥沃な土地に発生。
【食毒】
可食。幼菌時はドクツルタケに酷似しているため、注意が必要。
文・写真/柳澤まきよし
参考/
「山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ」(山と渓谷社)
「北陸のきのこ図鑑」(池内良幸著 本郷次雄監修 橋本確文堂)
「増補改訂 フィールドベスト図鑑 日本の毒きのこ」(長沢英史監修 学研教育出版)
「毒きのこ・絶品きのこ狂騒記」(小山昇平著 講談社)
「原色日本新菌類図鑑」(今関六也著 本郷次雄著 保育社)
「食品衛生学雑誌/35 巻(1994) 5 号ドクツルタケによる食中毒」村上 行雄
「日本農村医学会雑誌/ 47 巻 (1998―1999) 2 号劇症肝炎の経過をたどったキノコ中毒の1例」
「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)