キノコを採って&撮って30年!マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへようこそ!
ニガクリタケは、多少キノコに興味をもった人なら誰でも知っている有名な毒キノコだ。束生(そくせい:柄の基部からキノコが束になって生えること)、群生し鮮やかな硫黄色という特徴がはっきりしている。ごく普通種なので、目に触れる機会も多い。
何より口が曲がるほど苦いという、名前の由来にもなった、分かりやすすぎる個性がありながら、なぜニガクリタケで中毒事故が起こるのだろう。以前から不思議でしょうがなかった。
ニガクリタケの食中毒事故の発生件数は、いわゆる「きのこ中毒御三家」のツキヨタケやクサウラベニタケ、カキシメジなどに比べると、実はあまり多くはない。
保健所など関係機関に報告された重篤な中毒事例は、せいぜい数年に一件程度のものでしかない。強い苦味が敬遠されるからだ。しかし毒性は極めて強く、いったん中毒事故が起これば、かなりの高確率で死者を出している。
●小型で硫黄色が鮮やかなタイプのニガクリタケ
ニガクリタケの毒成分は、熱に対して強く、焼いたり煮たりしても毒性が失われたり軽減されることはない。
茹でこぼしても、簡単にはニガクリタケの苦味を抜くことはできないという。もちろん毒抜きにもならない。
ただ、あくまでもウワサで信憑性は高くは無いが、ニガクリタケは加熱調理すると、苦味が弱くなる、あるいは無くなるという話がある。
キノコ採りのベテランたちは「そうでなければ、あんな苦いもの食えるわけない。食べた時には苦くなかったに違いない」と言うのだが、実際にニガクリタケを食べて中毒する人がいる以上、もしかすると案外、眉唾な話では無いのかも知れない。
ニガクリタケの主な有毒成分は、苦味成分でもあるファシキュロール類、神経に作用するムスカリン類などだが、むしろ致命的な猛毒分質は、苦味とは無関係な成分ではないかといわれ、その実体はまだよく解っていないという。
ニガクリタケ中毒の症状は、食後30分から3時間程度で発症し、激しい嘔吐、下痢などの胃腸障害、重症の場合は、さらに脱水症状、痙攣、アシドーシス、ショック症状等。最悪の場合は死亡する。
仮に苦味を抜くことができても、食べるのは止しておいたほうが無難だ。
●主に埋もれ木などに生える小型のニガクリタケ
「本物のエノキ見たことある?これが野生の『エノキタケ』だ!」
最近の三件の食中毒事故の事例には、ある共通点が。
1984年9月25日、青森県三沢市で起こった事例。夫がとってきたニガクリタケを、夕食ですき焼き風に調理して食べた。食後30分後に発症。翌26日、夫は死亡、妻は翌日から回復に向かった。
1996年9月9日、岐阜県恵那市で採取した、キノコを家族5人ですき焼きに入れて食べた。食後二時間から4時間にかけて、5名のうち4名が発症し入院した。症状は嘔吐、下痢など。
2001年11月15日、宇都宮市で起こった事例。夫婦でニガクリタケとスッポンタケ(可食)、ベニナギナタタケ(可食)を、醤油で炒め煮にして食べた。食後30分後に発症。夫は入院後に急性腎不全などを発症し11月25日に死亡。夫の食べた量はおよそ一握り程度だったという。
三件とも気になるのは、よく似た調理法で食べていること。古い事例だが、1956年に青森県で4人が亡くなった事例では、佃煮にして食べていた。
すき焼きとか佃煮とか濃い味付けの料理にすると、ニガクリタケの苦さに気付きづらいのかも知れない。また、砂糖を多く使う料理ばかりだが、そういったことも関係しているのかも。
あくまで推測にすぎないが、いずれにしても、少しでも不安に思ったら、生のうちに苦味の有無を確認しておいたほうが安心だ。
●小さなキノコのイメージを覆す大型タイプのニガクリタケ
ニガクリタケと見分けがつかないほど、そっくりなキノコがある。これが食べられるからややこしい。
よほどのキノコ名人でも見た目だけでは判別に苦労する、びっくりするほどニガクリタケによく似た食べられるキノコがある。
その名もニガクリタケモドキ。
私の故郷を含む、一部の地域では実際にきのこ狩りの対象にもなっている。ニガクリタケとモドキの見分けが正確にできるのは、地域の信頼を集めるキノコ鑑定のベテランの証だ。
しかし、あまりにもそっくりなため、視覚的に判断しきれない場合は、生のヤツを少し噛んで苦味がないことを確認するしか方法がない。
どんな名人でも判別に迷うことはままある。長野県指定のきのこ食中毒防止指導員を努めていた私の父も、ちょっと齧っては、ペっと吐き出して「苦くねえから食えるな」とか「苦いから毒だ」と言っていたものだ。こうゆう野蛮な方法が、実は一番確かだったりもする。
噛んで味をみる場合は、安全のため爪楊枝の頭ぐらいの少量にとどめる。苦味や辛味は少し遅れてくることがある。噛んだら少しだけ待って、必ず吐き出すこと。キノコによっては、それでも舌先にしばらく痺れなどが残ることがあるが、中毒まですることは無い。
注)ニクザキン科の「カエンタケ」だけは、皮膚のびらんを引き起こすため齧ってはいけない。
●ニガクリタケモドキ(注意が必要なキノコ)
学名:Hypholoma gracile (Hongo) (ined.)
【カサ】
カサの直径、約2cm~4cm。饅頭形から平に開く。表面はやや吸水性で平滑、硫黄色から帯橙黄褐色で周辺は淡色。縁部に類白色、絹糸状の皮膜片をつけるが消失しやすい。
【ヒダ】
直生しやや疎。初め淡黄色~暗褐色。縁は白色微粉状。
【柄】
上下同径の棒状で中空。切断面の上部は淡黄色、下部は褐色を帯びる。表面は上部が淡黄色で粉状、中位から下部は褐色を帯び繊維状。束生しない。
【肉】
薄く、淡黄色で無味無臭。柄の下方は褐色。
【環境】
秋、針葉樹の枯れ木に群生、単生するが、束生しない。
【食毒】
可食だが、猛毒のニガクリタケと酷似して危険。十二分に注意が必要。判別に確信のもてない場合は絶対に食べないこと。生食は厳禁。
●ニガクリタケ(※猛毒※)
学名:Hypholoma fasciculare (Fr.) P. Kumm.
【カサ】
半球形から平に開く、表面は平滑でやや吸水性。硫黄色~レモン色だが、黄色みを帯びず、ほぼ褐色のものもある。中央部は濃色で橙色を帯びることが多い。周辺にクモの巣状の皮膜の破片が付着するが、脱落しやすく、見かけられないことも多い。
カサの直径は、2cmほどの小型のものから、8cm近いものまで変化に富む。
【ヒダ】
湾生~上生し密。初め硫黄色~緑色を帯びた黄褐色~暗紫褐色。
【柄】
多数が束生することが多く、表面はカサと同色で繊維状。小型種では上下同径の棒状だが、大型種では基部に向かって細まり中空。柄の上部に、黒褐色のクモの巣状のツバがあるが、消失しやすく、特に小型種では見受けられないことが多い。
【肉】
淡黄色で、普通は強い苦味があり、弱い薬品臭がある。ただし、苦味の薄いものや、強い異臭のあるものなど変化に富む。しばしば傷つけると赤く変色するが、ときに変色性のないものもある。
【環境】
ほぼ通年、枯れ木や埋れ木に群生する。
【食毒】
死亡例もある猛毒菌。形態が変化にとみ、近縁の食用菌との誤食例が多数、注意を要する。
ニガクリタケと間違えやすいキノコ
●クリタケ(食べられるキノコ)
学名:Hypholoma lateritium (Schaeff.) P. Kumm.
【カサ】
直径、約3cm~8cm。半球形から平に開く。幼菌の時、下面が白色繊維状の薄膜に覆われるが成長につれ破れ、消失する。表面は湿り気を帯び、栗褐色~赤褐色。幼時、繊維状皮膜に覆われ、のちに破れ繊維状鱗片となって付着するが、成熟するにつれ消失。老菌では平滑。
【ヒダ】
黄白色からオリーブ褐色のち帯紫褐色。直生~やや垂生し、やや密~やや疎。
【柄】
棒状だが下部は細くなり、中実~髄状。表面、上部は黄白色。下部は褐色を帯び繊維状。
【肉】
黄白色だが、柄の基部付近は褐色を帯びる。無味無臭。
【環境】
秋、主に広葉樹の枯れ木に発生する。針葉樹に発生する場合もあるが、その場合はやや華奢な形態になることが多い。
【食毒】
可食だが、生では有毒。必ずよく加熱してから利用すること。
文・写真/柳澤まきよし
参考/
「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)
「原色日本新菌類図鑑」(今関六也、本郷次雄編著 保育社)
「山溪カラー名鑑 増補改訂新版 日本のきのこ」(山と渓谷社)
「カラー版 きのこ 見分け方 食べ方」(清水大典、伊沢正名著 家の光協会)
「北陸のきのこ図鑑」(池内良幸著 橋本確文堂)
「Gakken 増補改訂 フィールドベスト図鑑 日本の毒きのこ」(長沢英史監修 学研教育出版)
「ニガクリタケによる食中毒」(田中 正一、豊川 精三著 食品衛生学雑誌26巻5 号)
「厚生労働省 自然毒のリスクプロファイル」ニガクリタケ