作家デビュー30周年を迎え、33冊目となる新刊『シェルパ斉藤の遊歩見聞録』(小社刊)を発表したシェルパ斉藤さん。オートバイや耕うん機、ヒッチハイクなど、さまざまなスタイルで旅を重ねてきたシェルパさんだが、今作のテーマはずばり「歩く旅」。
国内外の山やトレイルをはじめ、各地の村々や離島、被災地、ロングトレイル、犬連れなど、7つのスタイルに章立てし、巻末に書き下ろしを加え歩く旅の魅力に迫っている。
「歩く旅の楽しさって、なんですか?」
トカラ列島中之島の巨木。国内外の島々もくまなく歩いてきた。「山に暮らしているので、島に対する憧れは強いです」
「もともとアウトドア雑誌『BE-PAL』でデビューしたのも、東海自然歩道を歩く連載から(『シェルパ斉藤の東海自然歩道全踏破―213万歩の旅』)。ある意味、原点回帰ですね」
シェルパさんが旅に目覚めたのは20歳、好奇心のままに広い世界をたずねゆく、もっとも効率的な手段がオートバイだった。
「当時は感動は遠くに、辺境にこそあるのだと思っていました」
国内の旅で経験を重ね、万感の思いを胸にオーストラリアへ。ところが現地で交通事故に遭う。「ひと月半入院生活で、すっかり筋力が衰えてしまった。帰国後、リハビリのつもりで自転車に乗って日本を縦断したんです」
この旅で人力による旅に目覚め、アジア各国を自転車で放浪。そのさなか、ネパールにてヒマラヤ山中を歩き、エベレストベースキャンプを目指した。「ヒマラヤのハイキングは縁遠い世界だと思っていたけれど、そこは地元の方たちの生活道。山の暮らしを垣間見させてもらいながらのんびり歩く道行きに、改めて旅の奥深さを教わった気がします」
オートバイから自転車、そして徒歩。速度が遅くなるほどに、旅は濃密になる――そんな神髄を、ヒマラヤの山中で手にした。「そうして歩く旅の魅力に目覚め帰国したところ、編集部から東海自然歩道を歩く連載をいただいた、それがいまの原点です」
それから30年、国内外のあちこちを旅してきた。オートバイやヒッチハイクも多かったが、軸は歩く旅だった。「歩いていたからこそ、30年も旅を続けられたのだと思います」
オートバイや自転車での旅はぼんやり物思いにふける余裕がない場面が多いけれど、歩く旅にはその時間がたっぷり。反面、移動距離も背負える荷物も限られるうえに不測の事態も…。
「なんでも調べられる世の中だからこそ、思いどおりにならない旅の現場がおもしろい。予測のつかないなかで、体力と知恵を駆使して切り抜ける。どんな旅にも共通するけれど、歩く旅ではそれが凝縮されて降りかかってくる。だからこそ、いくつになっても旅を経ることで、成長している実感があります」
若いころならば1日で行けた距離に2日かかったとしても、その分、出会いは増える。そうして知見は広がり、琴線に触れることで、旅は深みを増してゆく。ゆっくり歩き、考える。出会いを重ね、さまざまな生の声に触れることで、アイデアは次々とあふれ出す――それが、表現活動の鍵になっている。
「そうして感じえた思いを、まだ見ぬ読者や、留守を守ってくれる家人への手紙に託すつもりで、旅を描いています」
シェルパ斉藤的おすすめの「歩く旅」先
1 みちのく温泉トレイル
トレイルが整備されて歩きやすく、温泉を毎日楽しめる。避難小屋も素敵。
2 伊豆大島
太平洋の真ん中に、人工物のまったくない裏砂漠……あの風情はどこにもない!
3 八ヶ岳
山小屋、入下山路が多いので安心感大。おすすめは北横岳~赤岳~天女山。
シェルパ斉藤的おすすめの「歩く旅」の宿
1 ゲストハウス〝架け橋〟(宮城県・気仙沼)
名前のとおり、旅人と地域の人々をさまざまなイベントを通じて結ぶゲストハウス。
2 ECOFF宝島(鹿児島県・宝島)
畑仕事などを手伝うことで、低価格で泊まることのできるシェアハウス。
3 東北地方の山小屋
それぞれ、地元山岳会の愛情により管理されている。カンパで成り立つ文化も◎。
シェルパ斉藤
1961年生まれ、作家。揚子江での川旅を記した編集長への手紙がきっかけで本誌デビュー。その後、東海自然歩道の連載旅で人気作家に。愛息ふたりと歴代の愛犬の名に「歩」の字を使うなど、歩くことへのこだわりは人一倍!
※構成/麻生弘毅
(BE-PAL 5月号 2020より)