世界的な聖地・パワースポット、セドナに住んで23年になる写心家・NANAさんは、セドナの大自然をガイドしながら、住んでいる人だけが触れられる四季折々のセドナの大自然を写真に収めています。大自然に抱かれたセドナもいよいよ春の訪れの季節。2月3日の立春には、ホピ族にも日本の節分と同じような儀式があるそうです。
――日本でも立春となると、「いよいよ春が来た!」という気分になりますが、ネイティブ・アメリカンの人たちにとっても、立春は特別な日なんですか?
NANA そうですね。立春は、ネイティブの人たちでも春への第一歩が始まる日と言われています。日本では立春(節分)に「鬼は外~、福は内~」と豆を撒いて邪気を払って、自分の年の数の豆を食べるでしょう? 春への第一歩として新しいエネルギーをいただいて春に向かうのは、ホピも日本と同じなんですね。私は、立春は日本とホピの季節感に共通する特別な時節だと思います。ホピでは、豆は撒かないけれど、豆から育てた豆もやしを立春の頃にいただくんです。
――ホピでは、立春の行事として、豆もやしを食べるんですか?
NANA 行事というより儀式ですね。ホピの男の人たちは、立春の2週間ぐらい前から、「キバ」と呼ばれる地下に作られた精神的な儀式の空間にこもってグレイトスピリットに祈りを捧げて、キバで豆を発芽させる。つまりモヤシを育てるってことですね。そして立春を迎えると、キバの暗闇の中で育てた豆もやしを入れたザルのようなバスケットを持ったクロウマザー(カラスのお母さん)というカチーナが出てきて、村人はそこからそのモヤシを少しだけいただいて、家で用意しているシチューの中に入れて、その年の無病息災を祈る。
ホピ族では、立春に山に帰っていたカチーナ(精霊)が村に戻ってきて夏まで側にいてくれる、と言われています。クロウマザーは、カチーナたちの帰還を伝える役目を担っているのではないかと思います。私もホテビラという村の長老に招かれてその儀式に参列させていただいたことがあります。クロウマザーが近づいてくると、村人はその足元に白いトウモロコシの粉を撒いて、地面に引かれたその白い線の上を、クロウマザーが静かに歩いて行くんです。それはとても厳かな感じで、私にはカチーナのスピリットと人間とのつながりを蘇らせているように見えました。
――クロウマザーというのは、どんな存在なんですか?
NANA 私の友人でホピ族のメッセンジャーのルーベンによると、クロウ(カラス)は宇宙のメッセンジャーとしてすべてのカチーナの親で、クロウマザーとクロウファーザーがいるそうです。クロウマザーは母なる大地の女性性を表し、鹿皮のバックスキンの靴を履いています。クロウファーザーは天(宇宙)の男性性を表し、青い皮の靴を履いているそうです。
クロウのカチーナが村を回るのは、ルーベンの村では2月の第二週目。村によって違って、私が参加したホテビラやオールドオライビでは2月の第一週目にその儀式が行われます。ホテビラでは、クロウマザーはキバで育てた豆もやしを持って村々を回りますが、ルーベンの村、ションゴパビでは、クロウファーザーが、バスケットに豆(種)を入れて回るそうです。
――日本と同じように、豆が新しいエネルギーの象徴なんですね?
NANA 豆はその年に植えるすべての作物の代表で、豊作の願いが込められているんだと思います。霊山から村に戻ってきてくれたカチーナがもたらしてくれる豆モヤシや豆を受け取ることで、その年の豊作と家族の安全を祈る。それは私たち日本人にも身近に感じられる感覚ではないでしょうか?
その時の儀式が、ビーン(豆)ダンスです。ルーベンによると、自分に必要となくなった不安や恐れなど、古いエネルギーを手放し、新しいエネルギーを迎える、という意味において、ビーンダンスは癒しの儀式でもあるということです。ホテビラでは、夏に収穫し、乾燥させておいたトウモロコシと羊の肉を煮込んだシチューを作り、そこにクロウマザーからいただいた豆モヤシを入れて、そのエネルギーをいただくんでしょうね。
――日本で立春に歳の数だけ豆を食べて新しいエネルギーをいただくのと、よく似ていますね。
NANA クロウマザーやクロウファーザーが出てくる前日には、怖い鬼のカチーナが「悪い子はいないか?お母さんの言うこと、聞いてるか?」と家々を回るんです。長老の家に泊まった時は、ドラムと足音が近づいて来た時「みんな、隠れろ!」と怒鳴られました(笑)。まるで日本のナマハゲと同じようですよね。邪気を払って新しい種を蒔いて収穫する。日本でもホピでも、そんな農耕民族としての祈りの姿が見えるように想います。自然界の循環の中で生かされていることに感謝して、新しい命を自分たちに取り込むということですね。自然の循環とひとつになって、生命が循環する。
――村にカチーナたちが戻ってくる、ということですが、その鬼のカチーナやクロウマザーやクロウファーザーだけが現れるんですか?
NANA 鬼のカチーナは夜に村を回るのですが、その翌朝、クロウマザー(ファーザー)が出てくると、続いて様々なカチーナたちがキバから出て来ます。そして家々を回って、女の子にはカチーナドール(精霊の人形)を、男の子には弓矢を与えてくれます。前の日には怖かったカチーナたちが優しくなってプレゼントをくれるから「ホピのサンタさん」という感じなんでしょうね。子供たちは、立春を楽しみにしているんです。
――立春の前に、キバにこもって2週間お祈りをする意味は何でしょう?
NANA おそらくカチーナたちをお迎えする準備ではないかと思います。「キバ」には、大地の子宮という意味があるんです。「キバ」の暗闇の中で2週間祈りつづけることは、大地の子宮の中に入って生まれ変わるという意味があるのではないかと。キバの中というのは、スピリットの世界と人間の世界が交わる状態なのではないかと思います。キバに入るのは男性のみです。この期間、長老たちが若者たちにイニシエーションを与えたり、祈りを捧げたりするそうです。カチーナに扮するのは、イニシエーションを受けた男性のみです。扮する、というより、神おろしのような感じで、カチーナそのものになるんだと思います。
―― ホピの古来からの儀式は、ずっと変わらずに続いているんですね?
NANA ルーベン曰く「形式だけになってしまっている儀式もある」ということみたいです。それは、ホピの言葉が失われてきていることとも関係しています。基本的にカチーナダンスは歌と踊りで、歌とダンスで感謝を伝え、作物が育つための「雨をもたらしてください」と祈る。でも、言葉が失われると歌の意味もわからない世代が増えてきますから、伝統的な文化や儀式を守るためにも、ホピの言葉を守らなければいけないんですよね。
例年は、カチーナたちを迎え入れる前の二週間、ルーベンの住んでいるションゴパビでは、総勢50~100人くらいの男性たちが、それぞれ自分が属しているソサイエティ(氏族の集まり)によって、5つあるキバに分かれて入りセレモニーをするそうですが、今年はコロナのパンデミックのため、長老たちが儀式自体が出来るかどうか、また、するとしたら、誰を選ぶか、などを、検討中なのだそうです。
――日本でも、今では意味もわからずに続いている行事がたくさんあると思いますが、本来、そういう儀式が意味する「自然の循環と調和すること」は、現代の私たちも思いだす必要があるかもしれないですね。
NANA そうですね。忙しさで心のゆとりを見失ってしまった現代人にとって、儀式やお祭りは自然との結びつきを思い出す機会になると思います。見方によっては、私たちは、コロナ禍で忙しい時間から開放されている時期を過ごしていると言えるかもしれません。この立春の時期には、古来から続いてきた自然の営みと調和する暮らし方を見直す時にするといいかもしれないですね。
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◯ NANA プロフィール
東京生まれ。高校卒業後、スウェーデンに渡り、美術学校へ。その後、ストックホルム大学で、スウェーデン語と民族学を学ぶ。帰国後、アメリカ人と結婚し、アメリカ、アリゾナ州セドナに移り住む。セドナの自然を案内しながら、セドナ、そして北アリゾナの自然を撮り続けている。その他、ウエディング写真、ホームページ用写真、記念写真の撮影も行いながら、大自然の美しさを通して、命の尊さを伝えたいと想っている。写心(写真)家・ガイドの他に、誘導瞑想、エネルギーワーク、地元のサイキックなどのセッションの通訳、そして自らもヒューマンデザイン・リーディングというセッションを行う。
NanaさんのHPは、sedonana.com
インスタグラムは、sedonanaworld
写真/NANA
構成/ 尾崎 靖(エディトリアル・ディレクター)