ブータンで暮らす人々の食生活は、「エマ」に始まり「エマ」に終わる、と言い切っても過言ではありません。「エマ」とはとうがらしのこと。世界のほかの国々、たとえばタイのようにスパイシーな料理の多い国でさえ、とうがらしは香辛料の一つとして使いますが、ブータンではとうがらしは香辛料である以前に、完全にメインの野菜として料理に用いるのです。
ティンプーの市場を訪れた時に気付いたのですが、地元の人々は、ほかの野菜などを買う時はざっくり適当に買い物袋に放り込んでいるのに、とうがらしだけは別。慎重に一本ずつ品定めをして選り分けてから買っています。はた目には何がどう違うのか全然わからないのですが、ブータンの人々はとうがらしに並々ならぬこだわりがあるようです。
もっともポピュラーなブータン料理、エマ・ダツィ。「ダツィ」とはチーズのことで、とうがらしのチーズ煮込みです。おそるおそる食べてみると……確かに辛いのですが、予想していたような辛さではなく、独特の旨味があります。でも後味は、やっぱりヒリヒリと辛い。それを紛らせようと赤米のごはんをほおばると、ほどよく中和されて、ごはんが進む進む。そしてまたエマ・ダツィにおそるおそる手を出し……のくりかえし。
聞いた話によると、ブータンで採れるとうがらしは他の国のものとは味がちょっと違うそうで、日本のとうがらしとチーズでエマ・ダツィを作っても、同じ味にはならないのだそうです。
取材中のある日、ワンデュ・ポダンという場所で地元の小さな食堂に入り、おひるごはんを食べてみました。干した豚肉の脂身(シカム)を野菜やとうがらしと煮たもの(右奥)、キノコととうがらしをチーズで煮込んだシャモ・ダツィ(右手前)、とうがらしを使ったブータン風の漬物でさまざまなバリエーションがあるエヅェ(左手前)。味は……辛い、うまい、でも辛い! こうして旅も半ばにさしかかる頃には、ブータン料理の刺激的な味に舌がすっかり慣れてしまいました。