40番目からは「菩提の道場」と言われる愛媛県の寺を打つ(寺を参拝すること)。番所間の総距離が一番離れているのは愛媛県の335.2kmと、総移動距離は最も長い。松山市など、寺が集中して一日で数か所まわれる場所もあれば、海抜0mから標高800mまで登り、67.2kmも移動しなければいけない難所もある。
45番「岩屋寺」の奥にある行場(ぎょうば)。弘法大師よりも前に「法華仙人」という女性の修行者が籠っていたといわれる。納経所で扉の鍵を借り、本堂から30分以上山道を歩いてやっと到着する。50cmもない岩の隙間を両手、両脚で支えながら登る。まさにアドベンチャー!
58番「仙遊寺」の前にある東屋からの眺め。紅葉に彩られた寺は圧巻。寺に行く途中にあるミカン畑は、愛媛県らしさを感じられる。
60番「横峰寺」の鐘撞き堂につながる道。かつて88か所中最大の難所と言われ、現在も「関所」と言われる。関所とは、邪念を持った人はこの先には進めないと言われる場所のこと。
最後は、「涅槃の道場」と言われる香川県。これまで1番礼所から65番まで歩いてきた道のりが完結する最後のステージ。弘法大師が生まれた「善通寺」や88番中最も標高が高い「雲辺寺」(912m)があり、印象深い寺が多い。
75番「善通寺」の本堂と大師堂の間にある名物カタバン(熊岡菓子店)。歯が折れそうなほど堅い、ほんのり甘い手づくりせんべい。日清戦争の頃、日持ちがして腹持ちもよいものをと作られ、現在まで受け継がれる。
66番「雲辺寺」山門の手前にあるイチョウの木「大師乳銀杏」。弘法大師が乳の出ないお母さんのために祈り、木の幹を煎じて飲ませたところ、乳が出るようになったという。推定樹齢1200年。
高野山「奥の院」(和歌山県)。88番まですべて打ったら、最後は高野山にいまも眠る弘法大師をお参りして「四国遍路」は完結する。織田信長や徳川家康らの歴史上の人物の墓もふくめ、2万基の墓がある。
(つづく)
☆プロフィール☆
重野友紀 (しげの ゆき)
フォトグラファー。ハンで押したような日常生活が苦手で、常に変化を求めている。安住の地はいずこ……。
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