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ブラジルでは熱帯共通のフルーツがどこよりも甘く、さらにアフリカ、アジアにはない果実も!
2015年から5年間にわたってマナウスに通った目的は、もちろんアマゾン川の自然と生き物、そして国立アマゾン研究所(INPA)との共同研究そのものではあったが、各種の市場探訪とアマゾン料理の数々も大きな楽しみだった。
ブラジルのフルーツは、マンゴーやパパイヤ、バナナ、パイナップル、スターフルーツといった熱帯共通の果実がどこで食べるよりも甘く、他の地域ではナッツ部分しか食べないカシューの果肉や、カカオの仲間であるクプアス、日本でも話題になったアサイーをはじめとしたヤシの仲間など、アフリカやアジアではまったく見ない果実も多くあって、生果だけではなくフレッシュジュースとしても盛んに提供されている。
市場の量り売りビュッフェで食すヨロイナマズの煮物は、食すのにコツがいるが白身で濃い旨み
魚市場には、タイガーショベルノーズ(Pseudoplatystoma tigrinum)など巨大なナマズが並んでいる。ナマズの仲間は、アマゾン川淡水魚の二大勢力のうちのひとつだ。とくに印象深いのはヨロイナマズである。ナマズ類には、ふつうの鱗がない。しかし、鱗の代わりに頑丈な骨板でからだを覆っているグループがいて、総称してヨロイナマズとされる。
日本やアメリカ合衆国では通称プレコという鑑賞魚として人気があるが、南米ではこの仲間は食用として利用されていてブラジルではまとめてボドと呼ばれる。ポルキロで、しばしばボドは煮魚として並んでいる。
ポルキロとはポルトガル語で「キロ当たり」という意味で、ビュッフェスタイルで料理を食べたい分だけ皿に取って、内容にかかわらず合計の重さを計量して金額が決まる量り売りレストランだ。
ボドは、食べ方にコツがある。片方の手で尾鰭をつかんで、もう一方の手で尾鰭の付け根から頭の方に骨板を剥ぎ取るようにすると、きれいに骨板がつながって剥ける。剥けたあとは、引き締まった白身で味が濃い。
ブラジルに渡った日本の料理人が執念でアマゾンの怪魚の生き造りをつくった!
このような多様なアマゾンの魚で、マナウスの新しい料理を創ろうとしているシェフは何人かいらっしゃる。日本料理店「新鈴蘭」のオーナーシェフ・高野裕弥さんもそのひとりだ。2020年にアマゾナス州議会から「アマゾナス州名誉市民賞」を授与された。アマゾナス州を代表する著名な料理家である。
ブラジルでは刺身やにぎり寿司を売る店が増えているが、生魚はほぼ養殖のタイセイヨウサケ(アトランティックサーモン)で、「新鈴蘭」でもサーモンの刺身と寿司は定番だ。しかし、高野さんはそれに飽き足らず、アマゾン川の魚を食材とした新しい日本料理に挑戦されている。
コールドチェイン、すなわち生産から消費まで鮮度が保てる低温状態で流通させる連鎖が確立していないアマゾン地域では、現地で獲れた魚を生で提供するのは大きなチャレンジである。
高野さんはクーラーボックスを持参して漁師さんのところまで行き、そこから氷詰めで獲れたての魚を店まで運ぶ。そしてかつての日系移民が執念を燃やしたように、刺身状態でアマゾン川の魚を食べる工夫をした。
高野さんは数ある魚のうち、南米の淡水域では少数派のスズキの仲間に注目した。シクリッドに属するピーコックバス(Cichla spp.)、ブラジル名でツクナレである。
そして鮮度のいいツクナレをフグの薄造りに準じた料理で提供できるようになった。美しく透き通った身といい、歯応えといい、癖のなさといい、「これはブラジルで養殖されたトラフグです」と出されたら、フグをあまり食べ慣れなれていない日本人の多くはそう信じてしまうのではないか。
またブラジルには蓮根はないが、似たような生態をもつオオオニバス(Victoria amazonica)を使った酢の物も好評を博している。かつてのポルトガル料理がそうであったように、アマゾンの多様な食材を使った新しい日本料理の可能性を探求する高野裕弥さんにこれからも注目したい。
※冒頭の博物画/19世紀中葉のイギリスの探検家もツクレナを記録していた! アマゾン水系には数種が生息し、体長は80〜100cm。釣り人からは「世界最高のゲームフィッシュ」とも称される。アマゾン水系の探検記より。ハーバード大学図書館蔵 W.Jardine’The Naturalists Library vol.40 Fishes of British Guiana part2’ 1852