
この一斉開花結実の年には珍しい野生種も出回る。現地の人が匂いを頼りに真剣に選ぶのはドリアン。強烈な匂いで嫌う日本人は多いが、それは食べ頃をはずしているからだと筆者は主張し、「熱帯果実の王様」の名を冠する。
たった数時間しか賞味期限がないドリアンはトロピカルフルーツの上級編。慎重に選んで日本人の若者に薦めてみたが・・・。
低地フタバガキ林に特異的な一斉開花結実!

ボルネオ島低地フタバガキ林の一斉開花。マレーシア・サラワク州ランビルにて。
一般的に熱帯は季節がないと思われているが、ほとんどの熱帯ではかなり明確な雨季と乾季がある。マンゴスチン(Garcinia mangostana)も市場に並ぶのは通常5〜8月で、雨季の初めから半ばである。
熱帯の果実は、温帯のリンゴやミカンのように保存が効かないことが多い。市場で買った果物はその日のうちか、遅くても翌朝までに食べるのが鉄則だ。糖度が極めて高く、すぐにみずみずしさを失ってしまう。一晩のうちに、アリだらけになって翌朝は食べられなくなることもある。
ボルネオ島とマレー半島の一部は、熱帯アジアのなかでも明確な乾季がない特別な気候である。この地域の標高600m以下の熱帯雨林はフタバガキ科植物が優占しており、低地フタバガキ林と呼ばれている。この低地フタバガキ林に特異的に見られる現象に、一斉開花結実がある。
同種の植物が合わせるカレンダーとは?

低地フタバガキ林の一斉開花に参加した野生ドリアン(Durio kutejuensis)の花。夜咲きで、夕方に咲き始めて翌朝に落ちる。マレーシア・サラワク州ランビルにて(撮影:故・井上民二氏)。
このフタバガキ科植物は毎年、開花結実するわけではない。3年から7年に1回だけ、花が咲き、果実が実る。ボルネオ島の一斉開花結実の不思議なところは、フタバガキ科の樹木だけではなく野生のドリアンやランブータンなど、ふだんの年に結実することのない果実も同時期に花を咲かせ、果実を実らせることだ。
一斉開花は、短期間の乾燥と低温で引き起こされることがわかってきていて、エルニーニョなどの地球規模の異常気象と連関している。遺伝子を交換するための花は、同じ種の別個体と同時に咲かせないと意味がない。
温帯の植物は、気温や日長の変化によってカレンダーを合わせ、開花を同調させる。しかし気温も日長も一年を通じて変わらないボルネオ島やマレー半島のような熱帯雨林で、同種の植物同士がカレンダーを合わせるのに使えるシグナルは稀だ。
そのためにフタバガキ科植物だけではなく、多くの樹木種が数年に一度かもしれない短期間の乾燥と低温という同じシグナルを使うようになったのかもしれない。
一斉開花結実の年は野生のドリアンが出回る!

栽培ドリアン(Durio zibethinus)の果実。マレーシアの最高級品種である猫山王(ムサン・キング)。値段もずいぶん高い。マレーシア・サバ州コタキナバルにて。
トロピカルフルーツの上級編は、もちろん「熱帯果実の王様」ドリアンである。栽培品種だけではなく、ボルネオ島には数多くの野生ドリアンがあり、多くは一斉開花結実の年にだけ食べることができる。

野生ドリアン(D.graveolens)の果実。マレーシア・サバ州コタキナバルにて。
日本では実物のドリアンを見たこともないのに、メディアで罰ゲームのように扱われ、食わず嫌いの人がとても多い。いまでこそ匂いの弱いドリアンも品種改良でできているが、その匂いは果物のものとは思えぬほど強烈であり、東南アジアでもドリアン持ち込み禁止を謳っているホテルがほとんどだ。
このドリアン、賞味期限が極めて短いことをご存知であろうか。1個のドリアンでいうと、そのベストの食べ頃は数時間しかない。それより早いとじゅうぶんに味がのっていないし、遅れると途端にまずくなる。
インドネシア人やマレーシア人はだいたいドリアンが大好物であるが、主に匂いを頼りに市場でドリアンを選ぶ姿は真剣そのものである。いますぐに食べるドリアンか、それとも数時間後の夕食前後に食べるドリアンか、それによっても選ぶ果物が異なるのだ。
日本人のドリアン嫌いに対する仮説は当たったのか?
わたしはドリアンフリークである。あの濃厚なクリームのような甘さと風味、それに食感をこよなく愛する。それゆえ、ドリアン嫌いは食べ頃を逸した果実を食べることで作られると信じていた。ベストな状態のドリアンを口に入れて、嫌いな人類はいないと思っていたのだ。

大豊作のドリアン。栽培種、半栽培種、野生種など。マレーシア・サバ州シアパンにて。
2024年8月のマレーシア・サバ州は栽培種も野生種もドリアンの大豊作で、街も村もドリアンが溢れかえり、どこでもドリアンの匂いが漂っていた。
値段もずいぶん安くなっていて、リハビリセンターで給餌されているボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)も普段は決してありつくことのないドリアンをもらって真っ先に食べていた。

大豊作で安くなったドリアンをもらったリハビリセンターのボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)。たくさんある食べ物のなかで真っ先に飛びついたのはドリアンだった。マレーシア・サバ州セピロックにて。

ドリアンの堅い果皮を割って、口をそばめて果肉にしゃぶりつくリハビリセンターのボルネオオランウータン。マレーシア・サバ州セピロックにて。
というわけで、ちょうどその時期におもに首都圏から研修旅行に参加してくれた中学生から大学生に対して、やや初心者向きに食べ頃のドリアンを選びに選んで、食べてもらうことにした。

ドリアンフリークには涎が止まらないドリアン(D. zibethinus)。堅い果皮のなかは部屋が分かれていて、そこに種子と果肉が収まっている。マレーシア・サバ州クンダサンにて。
その結果は・・・、半数程度の人はドリアンを受け付けなかった。匂いに加えて味も嫌いという意見が、とくに男性に多いのが目立った。「食べ頃を逸した果実を食べることで作られるドリアン嫌い」仮説は、あっけなく却下されたのだった。でも君たち、あんなにドリアン食べ放題って、滅多にない幸運なんだよ。